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青空豆腐店 [ショートショート]

白い脱脂綿のような雲が浮かぶ青空の下、私は買い物袋を提げて帰路につく。商店街の入口にある豆腐屋から漂う独特の香りが鼻をくすぐった。新鮮な豆腐が出来上がる匂いだ。

いつもなら足早に通り過ぎるだけのその店先に、今日はふと足を止めた。風に揺れる青い暖簾の向こうで、店主が大きな鍋の前に立ち、木の枠を扱っている。手際よく湯気の中で動く姿が、なんだか映画のワンシーンのように見えた。

「いらっしゃいませ」
声をかけられ、少し驚いた。気づけば私は店内に足を踏み入れていた。カウンターには四角い木箱が並び、中には豆腐が水に浸されている。ひんやりとした空気が肌に触れ、思わず背筋を伸ばした。

「お豆腐、どれにしますか?」
店主の声がやさしい。私は考え込んでしまった。柔らかい絹ごし、しっかりした木綿、どちらを選ぶべきか。そのとき目に留まったのは、小さな試食皿だ。白く輝く豆腐が一口大に切られ、出汁醤油をかけられている。

「あの……いただいてもいいですか?」
「ああ、どうぞ。味を見てから選んでくださいね」
箸で一口すくい、口に運ぶと、滑らかな舌触りとやさしい大豆の風味が広がった。普段のスーパーで買う豆腐とは明らかに違う味だった。

「これ、絹ごしですね?」
「そうです。今日作ったばかりですから、特に美味しいですよ」
その言葉に押されるように、私は絹ごしを一丁お願いした。カウンターの奥から取り出された豆腐は、袋に丁寧に包まれ、手渡された。

「またお越しくださいね」
店主の声に見送られ、私は再び青空の下を歩き出した。袋の中の豆腐が、なんだか温かく感じられた。

帰宅後、その豆腐を冷奴にして食卓に並べた。透き通るような白さと、どこか懐かしい味わいが口の中に広がる。豆腐一つにこれだけの違いがあるのだと、少し驚いた。

その日以来、私は週に一度、豆腐屋に足を運ぶようになった。青空の下で揺れる暖簾を見るたび、小さな幸せが胸に満ちる。

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