第19回「山田洋次監督とクレイジーキャッツ 前編」
現役の日本を代表する監督と言えば、山田洋次監督をあげる方も多いと思います。「男はつらいよ」をはじめ数々の名作を送り出し、92歳の今も活躍を続けておられますが、喜劇の監督として山田洋次監督が脚光を浴びたのは、ハナ肇さんと組んだ数々の作品がスタートです。
1961年に「二階の他人」で監督デビュー、1963年に倍賞千恵子さん主演の「下町の太陽」を撮った山田監督に、監督第3作として藤原審爾さん原作の「庭にひともと白木蓮」をクレイジーキャッツのリーダーハナ肇さんを主演にどうかとの提案が松竹からありました。山田さんも脚本に加わり完成したのが1964年の「馬鹿まるだし」です。
山田監督がハナさんに初めて会った時の印象などを2024年1月に発行された「ユリイカ特集クレイジーキャッツの時代」(青土社)で次のように語っておられます。
面白い人だなと思った。会う早々、日本の映画界で喜劇がいかに軽んじられているかという、こういうことじゃだめなんだ、もっと喜劇を真剣に作らなきゃいけないんだと、もう口から唾をぱっぱっと吐くようにダーッと喋る。僕はほとんど彼の高説を聞くだけだったんだけども、それが面白くてね。小説の主人公とぴったりくるんだ。
僕が印象に残ったのはクランクインの初日ではなかったかな、朝一番手で植木等さんが大船撮影所にやってきてね、当時は「ニッボン無責任時代」が東宝でヒットしてもう彼は忙しくてしょうがない。東宝映画の主役みたいなもんだった。その植木さんが非常に真面目な顔をして言うのは「ハナは私たちチームの要でございます。この要がいい仕事をしてくれないと、我々のチームはバラバラになっちゃいます。なんとかハナにこれがハナだという作品を撮らせたい。一つどうぞ山田さんよろしくお願いします」って。僕はとても感心したね。クレイジーキャッツというチームはそういうチームなんだ、ハナちゃんをいわば旗持ちとして押し立てて、後ろで植木さんが見守っているというかな、そこにみんながついていっている。植木さんは「私もどこかで出演したい。ただし、東宝が私の名前を出すことはうんと言うわけありませんから、黙って出ます、黙って出ますということは了解させます。だからタイトルは出さなくていい。どっかに出演しますから、考えてください」。なにせ植木等がそう言うんだからねえ。何としても実現しようと思って。それじゃあナレーションを植木さんで、最後に二十年後かな、ナレーションの少年が大人になって、その時に植木さんを何カットか出そうと、タイトルには出ない特別出演として植木さんが出ている映画なんです。
この作品で僕は自分の作った映画で観客が笑うということを発見して、喜劇の作り方を学んだ、同じようにハナちゃんも映画における演技というものを学んだんじゃないかな。だから、二人で作り上げたような映画です。今までのクレイジーキャッツの映画とは全く違う映画だったんですね。つまり人間のあるタイプをハナちゃんが演じたっていうことなんだよ。そのタイプが観客にとってはとても楽しかった、この映画から僕とハナちゃんとの付き合いも始まるんだけど、同時にクレイジーキャッツのメンバーとも親しくなった。
「馬鹿まるだし」のヒットを受け、1964年の同じ年に、ハナ肇主演、山田洋次監督という二人のコンビで「いいかげん馬鹿」、「馬鹿が戦車でやって来る」(ヒロインはいずれも岩下志麻さん)を続けて公開。馬鹿シリーズに共通するのは、無学で一途な主人公の行動が周囲を巻き込んでいろいろな大騒動に発展、結局、受け入れられないという、笑いの中に哀しさを感じさせる作品になっています。
「馬鹿が戦車でやって来る」は、耳の遠い老母、知的障害のある弟を持つ元少年戦車兵の主人公サブが、村人たちからの差別や有力者に土地を騙し取られたことに怒りを爆発させるというストーリーで、弟役の犬塚弘さんの好演も光ます。
1966年、山田監督が以前から温めていた落語の小話を映画化する企画が会社から承認され、ハナ・山田コンビで初めての時代劇「運が良けりゃ」が製作されました(ヒロインは倍賞千恵子さん)。落語のストーリーを散りばめ、江戸の四季、春夏秋冬の季節ごとに話が展開していきます。
同じ年に続けて、ハナ・山田監督のコンビ、ヒロイン倍賞千恵子さんで公開されたのが「なつかしい風来訪」です。この映画は、山田監督が、小田急線の列車の中で土木作業員と知り合ったことから着想を得て、インテリで小心者の公務員(有島一郎さん)と粗野だが人のいい土木作業員(ハナさん)との交流を描いた心温まる物語です。公務員の家にお手伝いさんとして住み込むことになる不幸な過去を持つ女性が倍賞千恵子さん。左遷され都おちの単身赴任で有島さんが寂しく東北へ向かう列車の中で、消息のわからなくなっていたハナさんたちと偶然に出会う感動のラストシーンは、後の山田洋次監督作品、高倉健さんと倍賞千恵子さん、ハナ肇さんが織りなす「遥かなる山の呼び声」のラストシーンに通じるものがあります。真面目なインテリ役人のわびしさを表現した有島一郎さんも素晴らしい演技です。
この作品で、ハナ肇さんが、スポーツ紙の映画担当記者で構成された「東京映画記者会」が主催するブルーリボン賞の「主演男優賞」、山田監督が「監督賞」を受賞されました。山田監督の作品の中で私が最も好きな作品です。前述の「ユリイカ」で山田監督は、次のように語っています。
宣伝部で「監督賞になりましたよ」と聞いて、とても信じられなかった。それまで喜劇というのは、そんな賞に登場しなかったんだよ。喜劇というだけで二流だった。だから監督賞や主演男優賞になるって、「そんなことってあるのだろうか」ってとても信じられないような気持ちだったね。ハナちゃんが懸命に喜劇というのは本当に難しいんだから、もっと喜劇の地位を高めなきゃいけないと言い続けた努力の成果だと僕は思った。
ブルーリボン賞の授賞式で、前年大衆賞を受賞した植木等さんがプレゼンター役としてトロフィーを渡すと、ハナさんは感極まって号泣。「みんなのおかげで賞がもらえたんだ。幸せ者だよ、おれって」と言うのか精一杯だったそうです。
その時のことを山田監督は、後に朝日新聞で
「僕とハナさんがブルーリボン賞を受賞した時、式の舞台の上で、あなたは声が出なくて、その代わりに大きな目から涙がぽろぽろと出てきて、その壇に並んでいた、さっきまで観客を笑わせていたクレージーの仲間たちがそれを見た途端、急に黙ってしまった。横目で見たら、植木さんたちの目が真っ赤になっていたことを、ああ何てすてきな仲間たちなんだろうと思った日のことを、昨日のように思い出します」と述べておられます。
映画俳優としてのハナ肇さんの魅力は、2020年に発行された「ハナ肇を追いかけて」(著者西松優、文芸社)で、詳しく解説されています。
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