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第20回「山田洋次監督とクレイジーキャッツ後編」

1966年、「なつかしい風来坊」でブルーリボン賞の主演男優賞、監督賞を受賞した後も、ハナ肇さん山田洋次監督コンビの作品は続きます。
1967年の「喜劇 一発勝負」は、夏目漱石の「坊ちゃん」と落語の「山崎屋」をヒントに作られた作品で、ハナさん扮する家出した老舗旅館の放蕩息子が十数年後に帰郷、温泉掘削という起死回生の一発勝負を図るが、娘に反抗され、親不孝の因果は巡るという話。

この作品のヒットで「一発シリーズ」がスタート。1968年には「ハナ肇の一発大冒険」が公開されました。ハナさん扮する肉屋の主人が、若い女性(倍賞千恵子さん)から、「ダイヤを輸送しているが、悪漢に狙われているので守ってほしい」と頼まれ、目的地に送り届けるというミステリアスなロードムービーです。

1969年には「喜劇 一発大必勝」が公開されました。ハナさん扮する、ボルネオ帰りの粗暴な御大が暴力をふるって長屋に勝手にすみつき、住民の子持ち女性(倍賞千恵子さん)や女性に恋心を抱く小心者の左門(谷啓さん)が追放に立ちあがり、結局、女性にフラれた左門と御大に奇妙な友情が生まれるという、ストーリーです。

この頃の山田監督は、ハナさんを主演にいろいろなテイストの作品を試行錯誤する時期で、監督が若いエネルギーをみなぎらせて頑張っていた頃だと思いますが、ハナさん主演、山田監督コンビの作品は、これが結果的に最後になりました。
この間、1968年、山田監督はハナさんの付き人から人気タレントになったなべおさみさんをはじめ、緑摩子さん犬塚弘さんをメインキャストにした「吹けば飛ぶよな男だが」を公開しました。チンピラ、家出娘、ヤクザなど社会の最下層を生きる男女の人情の機微を描いた佳作となっています。

同年1968年5月、梅田コマ・スタジアムでのクレージー・キャッツ特別公演では、山田洋次さん原作の「クレージーの泥棒天国」が上演され、倍賞千恵子さんが共演しています。

山田洋次監督の代表作と言われる「男はつらいよ」シリーズは、ハナさん主演作と入れ替わる形で1969年にスタートしましたが、山田監督はクレイジーキャッツのメンバーである犬塚弘さん、桜井センリさんを、この作品にたびたび起用しています。犬塚弘さんは、巡査、温泉宿の主人、タクシーの運転手、大工の棟梁役などで6回出演。桜井センリさんは、市役所の観光課長、神父、島の住職、芸能プロダクションの社員などで10回出演、出番は少ないですが、作品の重要なアクセントになっています。
2010年11月11日、ザ・プリンスパークタワー東京で谷啓さんのお別れの会が開かれた時、私も参加しましたが、高齢の桜井さんに立食の料理を渡されるなど、山田監督がセンリさんを気遣っておられた姿が印象に残っています。
1972年、ハナ肇さん主演映画、松竹の「喜劇
社長さん
」が公開されました。監督は、山田監督の助監督だった大嶺俊順さん、脚本に山田洋次監督も参加しています。ハナさん扮する、陽気で人情もろい中小企業(おもちゃ工場)の社長を秋田から就職のため上京してきた少年の目を通して描いた心温まるストーリーです。撮影、高羽哲夫さん、音楽山本直純さん、共演に倍賞千恵子さん、松村達雄さん、三崎千恵子さん、佐藤蛾次郎さんなど「男はつらいよ」のスタッフが参加、最後に、列車の中での印象的なラストシーンが待っています。是非、DVD化してほしい作品です。

1974年、東芝日曜劇場が、落語の熊さん、八つぁんから材を取った山田洋次監督のオリジナル脚本で「裏長屋愛妻記」を放送しました。熊さんに植木等さん、女房おさきに倍賞千恵子さん、八っあんに犬塚弘さんという配役で、テレビで植木さんと倍賞さんの共演が実現しました。

「男はつらいよ」に次ぐ松竹のヒットシリーズとなった「釣りバカ日誌」は1988年にスタート、脚本に山田洋次さんが参加し、西田敏行さん扮する主人公浜ちゃんの会社の直属上司佐々木課長役で谷啓さんが、約20年にわたって出演しました。西田さんと谷さんとのやりとりは、東宝映画「ニッポン無責任時代」での植木さんと上司役の谷さんとのやりとりを彷彿とさせるものがあります。


1970年代以降の山田洋次監督作品とハナ肇さんとの関わりは、1970年の「家族」で、倍賞千恵子さんの一家が、長崎の島から北海道の開拓村へ移り住む旅の途中でハナさんたちクレイジーキャッツのメンバーに遭遇する場面があったほか、1986年の松竹大船撮影所開所五十周年記念映画「キネマの天地」で、前科15犯の監獄の牢名主役でワンシーン出演しています。役名は、ハナさん主演山田監督コンビの最初の作品「馬鹿まるだし」の主人公と同じ安五郎でした。
本格的な山田監督作品への出演は、1980年の高倉健さん倍賞千恵子さん主演作品「遥かなる山の呼び声」です。ハナさんは倍賞さん扮する民子を好きになる粗暴な3人兄弟の長男役で、民子に無理矢理迫り、健さんに打ちのめされますが、すっかりほれ込み、兄貴と慕うようになります。ラスト、健さんを護送中の列車にハナさんが、ひょっこり現れ、刑期が終わるまで待っているという民子の気持ちを倍賞さんとの会話の中で、間接的に健さんに伝える場面は、この作品最大の感動をもたらす名シーンとなっています。長年コンビを組んできたハナさんに対する山田監督のプレゼントとも思える素敵な役でした。



ハナ肇さんの最期の29日間を記した「病室のシャボン玉ホリデー」(なべおさみ著、文藝春秋社)に、山田洋次監督が倍賞千恵子さんを伴ってお見舞いに来られた時の様子が次のように描かれています。
「おやじさん、山田洋次先生が倍賞さんとお見えですよ」。囁きだったが、(おやじさんは)目の焦点を先生に合わせて、判ったよと、顔面に綻びを見せてくれたのだ。
山田監督は、身を屈めて、顔を寄せて耳元に届けた。「ハナ、ちゃん」
おやじの目が輝いた。
「ハナちゃん頑張ってよ」
おやじは声を発した。小さな小さな声だった。
「ありがとうございます。いい作品作ってよね」「チーちゃんも先生を大切にね」
「ありがとうハナちゃん。本当に頑張ってね」
先生が、ハナ肇を抱きしめるように上半身を包み込んで語りかけた。

1993年9月14日、ハナ肇さんの告別式が千日谷会堂で行われ、私も参加しました。植木等さん森繁久弥さん青島幸男さんたちの弔辞も胸を打ちましたが、山田洋次監督は、次のような言葉でハナさんに語りかけました。
ハナさん、あなたの葬式で弔辞を読むなんて、こんな悲しいことはあって欲しくなかった。まるで、悪い夢をみているようです。僕がハナさんと仕事をした年数、あるいは作品の数は僕が仕事をした数に比べれば、そんなに多いとはいえないんだけど、いわばハナさん以後の僕のすべての仕事を通して、あなたがどんなに力強い支持者であり、頼もしい後ろ盾であってくれたかを今、大きな感謝の気持ちで思い返します。
監督にとって俳優との出会いは運命です。まだ、西も東もわからない新人監督の僕があなたと巡り会えたことの幸運を今しみじみ思います。日本の映画界は喜劇を正当には評価しないのはくやしいけど、本当は喜劇は難しいんだ。人を笑わせる映画を作ることは男子一生の仕事なんだというあなたの力強い声に励まされながら、何本もの映画をあなたと作りました。最後に病院で会ったとき、あなたは目を閉じたまま、苦しい息の下から洋ちゃん、いい仕事をしてくださいねと妙に改まった口調で言ってくれました。あれは僕への別れの言葉だったのでしょうね。その言葉を守って、あなたにほめられるような仕事を僕はまだしてゆかねばならない。それがせめてものあなたへの大きな恩義に報いることなのだろうと今、むなしい気持ちのなかで懸命に思っています。それではハナさん、お別れです。さようなら。ありがとう。ほんとうにありがとう。
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