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【細胞談義041】よく噛んで食べることは脳に良い
こんにちは、ミネソタより、コーイチがお届けします。
「ゆっくりよく噛んで食べましょう」と言われますね。よく噛んで食べることはどうしていいことなのでしょうか。
その理由はさまざまありますが、農林水産省が推進している食育、この啓発資料の中にも記載があります(農林水産省「第4次食育推進基本計画」啓発リーフレット)。
”よく噛んで食べることは、速食いを防止して満腹感が得られやすくなり、肥満予防につながります。また、よく噛むことで、ホルモン分泌が高まり、食欲が抑えられたり、ゆっくり味わうことで、うす味・適量で満足感が得られます。”
これはその通りですね。食べる速さとBMIの値が相関していると言うデータも載っていました。つまり、早食いは肥満につながるよ、と言うわけですね。
そもそもよく噛むことで食べ物が細かいサイズになりますし、唾液の分泌が促されて消化を助ける、と言うことも重要ですね。
さらにはさすが食育、ながら食べをせずに家族や友人とゆっくり食事を楽しみましょう!と言うところまで言及されていますね。よく噛んで食べることで、しっかり味わうこともできますからね。
【よく噛むことは脳に良い】
さて、よく噛むことは脳に良いらしいと言うこともこれまでに明らかにされていました。
ぼんやり聞いたことがあるような気がしますが、これは都市伝説ではありません。これまでの研究の結果、「よく噛んで食べる」と言うことは脳に大切と言うことがわかっています。
2015年の報告では、認知症の高齢者114人を対象に、認知機能や言語のテストと咀嚼能力(食べ物を細かくなるまで噛み砕く能力)のテストを行なってもらいました(参考文献1)。咀嚼能力はどうやって評価したかというと、2色のガムを噛んで口の中で混ぜてもらうと言うものですね。この混ざり方で咀嚼能力を調べます。すると、咀嚼能力と認知機能や言語の流暢性に相関がありました。つまり、よく噛んで食べることができる人は喋りも上手くできる、咀嚼能力が衰えている人は喋り方にも衰えが見られる、と言うことですね。
これは、なんとなく想像できますね。口の中の筋肉や顎の骨の状態が咀嚼することにも喋ることにも重要だからですね。
では、咀嚼能力が低下したことと認知機能が低下していることはどちらが原因と結果なんでしょうか。
いくつかの報告でこれらが検証されています。まず、歯周病、抜歯、軟食の結果としての咀嚼機能障害が起こります。それに続いて記憶や学習機能などの高次脳機能が著しく損なわれることが報告されています(参考文献2、3)。
つまりこれらの論文は咀嚼すると言うことが、認知機能に重要な役割を果たすことを示しているわけですね。
【咀嚼をすることで脳ではどんな変化があるのか】
では、咀嚼することは脳にどんなメカニズムで繋がっているんでしょうか。
その一つの解答は脳血流です。咀嚼することで脳の中に流れる血液の量が増えたということを示す報告があります。これはラットを用いた研究で、感情をコントロールする領域でもある扁桃体という部分と、視床下部という体温調節や睡眠など色々な生理機能を司る部分に流れる血液の量が咀嚼によって増加するということです。
脳の活動を測定するときに、神経の活動を直接調べることができないときに、血流量を測定する方法があります。これは、より神経細胞が活動している領域では血流が増えることが知られているからですね。どうやら噛むことは、脳の活発な活動と関係がありそうですね。
さらに、2017年に東京医科歯科大学からとても面白い報告がありました(参考文献4)。ネズミに噛まなくていい餌だけ与えてみる、という実験です。
実験用のマウスに与える通常の餌は、かたいペレット状です。マウスたちはいつもガリガリと噛んで食べています。それに対して、すりつぶしたような粉末状にした餌を与えるマウスを飼育しました。つまり、よく噛んで食べるマウスとあんまり咀嚼しないマウスを実験的に用意したんですね。
今回は、離乳したくらいの成長期のマウスを使って、しばらくこの餌で飼育しています。
その結果、顎の骨と筋肉の発達が少し抑制されているということがわかりました。つまり咀嚼は顎の噛む力に影響を与えていますね。これは、これまでもわかっていました。人間に起こることがマウスでも再現できたわけですね。では脳の機能はどうでしょう。
マウスの認知機能を調べる実験手法はいくつかありますが、ここでは受動回避試験、フットショックというのを用いています。暗い小箱を用意して、その箱に入ると足元に電気が流れる、というのを覚えさせるんですね。ちょっとピリッとする程度なんですけど、マウスはこれを嫌がるので、すぐに覚えてその箱に入らなくなります。
ところが粉末の餌で育ったマウスはすぐにこの恐怖を忘れて、通常の餌で飼育したマウスより早く箱に入ってしまったのです。
次に、脳の神経細胞を詳しく調べました。すると、よく噛んで食べるマウスの方が、記憶などを司っている海馬での神経細胞の増殖が活発でした。むしろ、粉末の餌を与えた方は、神経細胞の数が減っていました。さらに海馬での、神経栄養因子という神経細胞の維持や増殖に必要な成分も減少しているということがわかりました。
これらの結果はつまり、成長期においてしっかり噛むということが妨げられると、顎の骨および咀嚼筋の成長を抑制し、それと同時に海馬をはじめとする脳神経の発達を妨げることがわかったわけです。つまりそれによって記憶・学習機能を障害する可能性が示されました。
この論文によって、噛むということは、子供の成長にも大切ですし、記憶や学習の障害、認知症の予防において咀嚼機能の維持または強化が有効そうである、ということがわかります。
この発見は大きいですね。今までなんとなく「よく噛むこと」は大事だとわかっていたけど、どういいんだろう?というところがはっきりしてきましたね。
というわけで、ここまで読んでくださってありがとうございます!
よく噛んで食べることは脳に大切である、というお話しをさせていただきました。
参考文献
1)Weijenberg, R.A.F., et al., Oral mixing ability and cognition in elderly persons with dementia: A cross-sectional study. J. Oral Rehabil., 42: 481-486 (2015). https://doi.org/10.1111/joor.12283
2)Hansson, P., et al., Relationship between natural teeth and memory in a healthy elderly population. Eur. J. Oral Sci. 121(4):333–340 (2013). https://doi.org/10.1111/eos.12060
3)Miyake, S., et al., Stress and chewing affect blood flow and oxygen levels in the rat brain. Arch. Oral Biol. 57(11):1491–1497 (2012). https://doi.org/10.1016/j.archoralbio.2012.06.008
4)Fukushima-Nakayama, Y., et al., Reduced Mastication Impairs Memory Function. Journal of Dental Research, 96(9), pp. 1058–1066 (2017). https://doi.org/10.1177/0022034517708771