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【細胞談義044】命に関わる水難事故

こんにちは、ミネソタより、コーイチがお届けします。
今年も暑くなってきました。海やプールに飛び込みたくなってきます。ところが。

水の事故

毎年夏になると悲しいニュースが流れます。
2020年に水難事故に遭った人は1,547人でした(参考資料1)。そしてそのうち、亡くなってしまったり行方不明になってしまった方の数は722人です。つまり、水難事故は命に関わる重大事故になる可能性が非常に高い事故であると言えます。

事故現場としては海が50%、河川が35%、そして人間の管理下であるプールでも0.4%発生しています。
どんな時に発生しているかというと、31%が魚取り・釣り中、9%が水遊び中です。
しかし中学生以下の子供に絞って統計を取ると、河川が64%と大多数が川での水遊び中に発生していることがわかります。

静かに沈む、本能的溺水反応

どうやって防いだら良いのかということに関しては、例えば海であれば離岸流を避ける、川であれば深みに気をつけるなど、色々あると思います。また実際に事故に遭ってしまった場合は応急手当てが極めて重要です。それらは公的なわかりやすい情報がありますので参考資料をご覧ください(事故を防ぐことについて参考資料1;応急手当てについて参考資料2)。

細胞談義では生命科学の観点から人が溺れるということに関して考えてみましょう。
まず、よく考えられているような「人が溺れている様子」はどんなものか思い浮かべてみましょう。漫画やドラマでは溺れている状態をわかりやすく表現するために、バシャバシャともがいて慌てながら声を上げている姿がイメージされると思います。

しかし、実際に人間が溺れた際には非常に静かであると言われています。
まず口や鼻が水面から出るか出ないかの瀬戸際を想像してみてください。一瞬水面に出た間に息を吸うのが精一杯で、助けを呼ぶ余裕はないでしょう。
そして、パニック状態になると人は生理的な反射で手を前に突き出してバタバタとさせます。しかし水面より上に腕を出せないため、水中で犬かきをするような動きになります。この場合水面をバシャバシャさせることがないため、側から見ると非常に静かです。
この様子をアメリカ海軍の公式ホームページでは「見えないハシゴを登っているよう」と表現されていました(参考文献3)。この一生懸命もがいている状態を保てるのは1分ほどとされています。このように静かに溺れていくことは本能的溺水反応(Instinctive Drowning Response)と呼ばれています。

そうして長くても1分ほど、なんとかもがいた後には力が尽きて沈んでしまいます。しかし溺死に至るには5分以上かかります。これが水難事故の悲劇的なところなのですが、すぐに意識を失ったり溺死するわけではありません。この5分というのが一つのポイントであり、これ以上酸素が足りない状態が長引くと脳には後遺症が残るとされています。そのため溺れている人を発見したら1分以内、遅くとも5分以内に救助しないといけないということになります。
ではこの5分の間に、体には何が起こるのでしょうか。

溺れると何が起こるのか

まず人は意識的に息を止めることができますが、それが限界に達すると喉の奥にまで水が入り込んだ瞬間、咳嗽(がいそう)反射と呼ばれる現象が起こります。これは空気の通り道である気道内の異物を排除しようとする生体防御反応のことです。気道内の迷走神経が水によって刺激され、脳の中でも最も生命の基本的な制御に関わる延髄の咳中枢が反応し、ゲホゲホと咳き込むことになります。
誰しもどこかのタイミングでむせた経験があると思いますが、その激しいものが水中で起こるということです。これによって肺にまで水が入り込む結果となります。

さらにこの時、鼻からも水が吸引されます。この時に鼻と耳を繋いでいる耳管を塞いでしまい、三半規管の機能に異常が生じます。その結果として水中で平衡感覚を失い、水面の方向がわからなくなってしまうことも起こります。

さらに飛び込んだ先の水が非常に冷たかった場合、極端な浸水反射という現象が起こることもありえます。急に冷たい水に浸かると、自律神経の迷走神経が反射を起こし、血圧と脈拍の低下が起こります。これが極端に起こってしまった時に、不整脈などの内因性の疾患と関連していた場合に心停止などを起こす場合があります。これを防ぐには、入水する前に水を浴びて水温に体を慣らしておくことが効果的です。

ちなみに潜水する前にたくさん酸素を取り込んでおこうとして意図的に過呼吸することも危険につながります。血中酸素濃度は上がるのですが、同時に二酸化炭素濃度も下がってしまいます。実は二酸化炭素の濃度上昇を脳が感知することで「息が苦しい」と感じるように体はできています。つまり、二酸化炭素濃度が低い状態でスタートすると、酸素が足りなくなっても息苦しさに鈍感になり、そのまま酸素が足りず意識が遠退いてしまい、溺れるに至ってしまうことがあります。

このように、人体は水中という環境に全くと言っていいほど無防備なのです。このことを肝に銘じておかなければなりません。

海やプールだけではない、気をつけるべき場所

ちなみに、日本は実は世界の国々の中でも突出して溺死が多い国です。海や川が多いからではありません。海や川で起こる水難事故には含まれない溺死としてカウントされているものがあります。その事故現場となるのはどこでしょうか?それは風呂場です。
では、家の浴槽で溺死してしまう人の数をご存知でしょうか。海や川で亡くなる方が年間700人だったのに比べて、年間4000人を超えています(参考資料4)。持病などによる死亡を含めると、入浴中に命を落としてしまう人は1万4千人に登ります。想像より多いと感じるのではないでしょうか。それほど風呂場は危険な場所であるということです。

救助されて助かった人たちの解析を見ると、入浴中の事故は脳出血や脳梗塞が原因となったものは1−2%に過ぎず、85%が一過性の意識障害でした。
入浴中に眠くなることがあると思いますが、実際にはそれは、体温上昇と血圧低下に伴う意識障害の可能性があります。体温の急変動によって、一時的に脳への血液の供給が減った状態です。
それによって意識レベルが低下し、浴槽から出ることが困難になり、体温が上昇する致死的な熱中症や溺死に至ってしまいます。

統計を見ると事故に遭った多くが65歳以上の方ですが、それ以下の年齢の方や幼い子供も数としては少なくありません。

「入浴する前に同居している人に一声かける」というのは万が一事故があった時に気づいてもらえるという点で大事です。また、「浴槽から出る時に急に立ち上がらない」というのも意識障害を防ぐためには有効です。
温度差が原因になるということで、浴室での事故は冬場の発生が全体の50%を超えていますが、夏のうちから、急激に体温を変化させないように気をつける癖をつけたいところです。

あとがき

ミネソタも暑くなってきたので、プールにでも飛び込みたいのですが、何を隠そう僕はカナヅチですので、プールに行くことはほぼありません。僕が海に行っても砂浜でお城を作って遊びながら岩場の生き物を観察して1日が終わります。
そもそもミネソタに海がありません。2年以上海を見ていないのも人生初です。しかしミネソタにはスペリオル湖という世界最大の淡水湖があります。水難事故には気をつけて、自然を楽しみたいところです。


参考資料

1)政府広報オンライン「水の事故、山の事故を防いで 海、川、山を安全に楽しむために」https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201407/3.html

2)消防庁 「一般市民向け 応急手当WEB講習」
https://www.fdma.go.jp/relocation/kyukyukikaku/oukyu/index.html

3)アメリカ海軍公式ホームページ:「Drowning Doesn't Look Like Drowning」September 23, 2013 (英語)
https://www.army.mil/article/109852/drowning_doesnt_look_like_drowning

4)入浴関連事故の実態把握及び予防対策に関する研究について 資料7: 厚生労働省, 2014.3平成25年 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002rkou-att/2r9852000002rkv5.pdf


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