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【細胞談義047】「依存症」を生み出す脳

こんにちは、ミネソタより、コーイチがお届けします。
今回は食べ物の依存症と脳の仕組みについてご紹介します。

僕はチョコレート大好きなのですが…

僕はチョコレートが大好物です。少し小腹がすいた時、実験の解析で煮詰まっている時、よく一口サイズに割ったチョコレートを食べてます。どうしてもやめられないんですよね。

一口だけにしておこうと思っても、どうしても、一口もう一口と食べてしまい、気づいたら板チョコ一枚食べ終わってたということがあります…。あるいは、”やめられないとまらない”というキャッチフレーズのお菓子や、スナックの王者ポテチは、気づいたらついつい食べ過ぎてしまいますね。

これはなぜでしょうか。物質的にはこれらに共通するものといえば、たっぷりの脂質と糖質ですね。人間は進化の過程で、食糧をいかに確保するかという問題に長年さらされてきたわけです。当然、脂質や糖質はエネルギーに直結するものですから、食べられるものなら食べておきたい!という本能的な衝動が起こるというのは、なんだか想像ができますね。

しかしながら、それは生きるために必要だと体が感じて起こる反応です。もうお腹いっぱいなのに、もう栄養は足りているのに、どうして食べ過ぎてしまうんでしょうか?これは依存症でしょうか?
一般的に人間の依存症というのは、薬物、お酒などが想像されると思いますが、そもそも依存症とはなんでしょうか?


依存症とは

依存症とは、「快情動を生じる物質の摂取や行為などを繰り返し行った結果、これを求める耐え難い欲求が生じ、これらを追い求め、これらがないと不快な症状を生じてしまう状態。」とされています(参考資料1)

※依存症と中毒の違い:中毒という言葉は、日本では依存症と同じ意味で使われていた時代もあるのですが、現在では、中毒とは「何かの大量摂取などで健康を害した状態」を指します。

依存症には大別すると3種類あります。
1)物質依存(薬物やニコチン、食べ物など)
2)行為・過程依存(買い物やギャンブルなど)
3)関係依存(ある特定の人に必要とされることに依存してしまう)

このうち物質依存は直接的に脳を破壊してしまったり、栄養バランスが崩れて健康悪化に直結してしまうという点で、深刻な問題でもあります。

例えばチョコレートは、食べ過ぎれば当然カロリーの1日の摂取量の推奨量をすぐに超えてしまうでしょう。さらに脂質と糖質が豊富なだけではありません。メチルキサンチン、生体アミン、カンナビノイド様脂肪酸などの生理活性物質が豊富に含まれていて、これも依存症を誘発する心理的感覚を引き起こす可能性が指摘されています(参考資料2)。ちなみにメチルキサンチンって聞き慣れないかもしれないですが、カフェインのことです。コーヒーほどではないですがチョコレートにもカフェインが含まれています。


脳では何が起こっているのか

ドーパミンという言葉を聞いたことがある人は多いと思います。これがどんな物質かご存じでしょうか。
脳の神経細胞は回路を作ってコンピュータのように活動しているわけですが、神経細胞同士のやり取りには神経伝達物質というものが関わります。神経細胞同士の繋ぎ目(シナプス)でこの神経伝達物質が分泌されて、受け取って、という流れで神経は活動します。ドーパミンはその神経伝達物質の一つです。

ドーパミンは、それを放出するドーパミン作動性ニューロンという神経細胞と、これを受け取るキャッチャーミットのような「受容体」と呼ばれる分子を持った受け手の神経細胞に関わってきます。このドーパミン自体はものすごくたくさんの役割を持っているので、よく巷で言われるような、ドーパミンを出していきましょうだとか、快感を得るとドーパミンが出る、とかいう話は、全て間違いというわけではないですが、その働きのごく一部になります。

しかしながら依存症を考える上でやはり重要になってくる部分には、このドーパミン作動性のニューロンがたくさん存在しています。それが、いわゆる報酬系と呼ばれる、中脳から大脳皮質や側坐核と呼ばれる部位に伸びている神経回路です。中脳というのは脳の中心の深いところに存在するのですが、その中でも腹側被蓋野(VTA)と呼ばれる領域からドーパミンニューロンが伸びてきています。ここがまさに、快感や達成感と言った、心地よい感情を生み出すのに関わる回路です。

どうやってそのことが判明したかということに関して、興味深い過去の実験があります。マウスの脳に電極をさし、電気で刺激できるようにしました。その電気刺激のボタンを、マウス自身が押せるようにケージの中にスイッチを置きました。するとマウスは、食べるのも寝るのも忘れてひたすらにスイッチを押し続ける、その数1時間に数千回という結果になりました(参考資料3)。さらに、そのスイッチを押すために、電気でビリッと刺激がくる床を横切らなくてはいけない、という装置で試しても、スイッチを押しに行くというほど強力な行動の誘発が起きたのでした。

この研究は、エサや水といった報酬を用いずに電気刺激だけで報酬を得たかのようなマウスの行動を誘発することができると初めて明らかにしたものです。この電極で刺激された部位の詳細を調べることで、ここがVTA、”報酬を感じ取る神経回路が存在する部位”だとわかったわけです。

このVTAは興味深いことに、報酬を予測して期待した時も同様に活動します。つまり、期待している時にすでに快感は始まっているのです(参考資料4)。そしてさらに興味深いことに、このVTAは学習にも関わることが知られています。おいしいという快感を学習することで、よりこの回路は強化されて、期待するだけで快感が始まることに繋がるんですね。そうして依存症が出来上がっていってしまいます。「食べること=幸せな感覚が味わえる」などの感覚を脳が無意識に学習してしまうのです。


どうやって依存から脱出したら良いのか

甘いもの、おいしいと感じるものを食べると、この報酬系が活性化して、ドーパミンが分泌されます。これは、人が恋愛をした時に感じるもの、薬物やアルコール、ニコチンによって快楽を得るものと同じ領域が活性化されるのです。それほどまでに食への快感は大きいものであることがわかります。
薬物やアルコールなどは、この放出されたドーパミンを受け取る受容体に作用します。ドーパミンの代わりにこの受容体に引っ付いて刺激を与えてしまうことで、ドーパミンがあたかもたくさん放出されたかのように脳が勘違いしてしまうわけです。それによって、よりその快感の回路が強化されていき、依存から抜け出せなくなっていってしまうのです。

食べ物の場合はどうでしょうか。例えば甘いものについて考えてみましょう。
食べ物も薬物やアルコールと同じ回路が活性化してしまう点で同様です。ただし実は、甘いものは脳の回路が依存へと切り替わっていくよりも前に、自覚症状なく依存に至りやすい「文化的背景」があります。「自分は甘党だ」「疲れたから甘いものでも」「食後のデザートは別腹」などなど、甘いものを摂取することに寛容な言葉を我々はたくさん知っています。この言葉が、甘いものを摂りすぎるのに十分なほど心理的なハードルを下げてしまうのです。

そこで、逆に糖分を摂りすぎるとどうなるか知っておくのは一つの抑止策になるでしょう。糖分を摂りすぎるとどうなるでしょうか。
例えば砂糖を摂りすぎると体に良くないですよね。どう良くないかというと、単に太ってしまうということ以外にも、血管を傷つけることなどで老化の原因になったりして、肌のくすみたるみにも繋がってします。さらに糖分の分解のためにはカルシウムなどのミネラルやビタミンも消費されてしまいます。それらの欠乏によって骨粗鬆症や冷え性、うつ症状などを生じる可能性もあります。過剰な摂取は不健康に直結するのです。そう聞くとどうでしょう。「ちょっと、やっぱやめとこう」という気持ちが少し湧きませんか。

しかし。ここまで頭ではわかっていても、まだ食べてしまう。
VTAの機能でご紹介した通り、実は報酬系の回路は実際にその報酬を得ていなくても、それを想像するだけで快の感情が湧き上がって、盛り上がってきてしまいます。これを抑止するには、目の前から美味しそうなものを取り除くということが効果的です。これは僕自身も実践しています。そもそも家にお菓子を置いておかない、という作戦があります。今食べたい欲求より、今から買いに出かけるめんどくささの方が勝るのです。

ただしこれには逆パターンもあります。普段ストックが無いことによって、見つけた時にドカ食いしてしまう危険もあるんです。なので僕はあえて、家にポテチを常備しています。でも、基本的には食べないようにしているんです。家にストックがあるから、と考えれば、スーパーで見かけた時に買わなくて済みます。そして「このストックを開けずに2週間経った!」とか実感すると、次第にその記録を伸ばしたくなってくるものです。ここまで開けずに我慢したのに、ちょっとの気分で開けたくないな、という気持ちにつながります(個人の感想)。
でも開けたら最後。一気に気持ちのハードルが下がって、気づけばまた新しいストックを買っていることでしょう。

それがおいしいことを、脳の報酬系は知ってしまっているのです。

あとがき

ここまで報酬系と呼ばれる神経回路に着目してご紹介しましたが、発見当初は「快楽中枢」と呼ばれることもあるなど、「脳刺激が動物に快楽を与えられる」というような言説が広まりました。確かに人においても、精神疾患の患者を対象に電気刺激を試すと指を怪我するほどに電気刺激のスイッチを押し続けた、などという話もあるほど強力な感覚を誘発するものとされています。一方で、現代の専門家の間では、「報酬系」という言葉は残っていますが、快楽中枢という言葉は使われていません。実際にはこの部位はこの他にもいろいろな役割があることがわかっています。運動機能にも関わりますし、学習にも、認知機能にも、視覚情報の処理にも関わります。そして、快の感情はそうも単純ではない、ということもわかってきています。

いまだ現在進行形で、複雑な脳の仕組みが少しづつわかってきているところなのです。さらに研究が進めば、健康を害する薬物などを使うことなく、手軽に食欲や感情をコントロールできる時代が来るでしょう。
ただしそれまでは、どうやって美味しいものの誘惑に打ち勝っていくか、自分に合った方法を見つけていくしかないようですね。


参考資料

1)脳科学事典 依存症
https://bsd.neuroinf.jp/w/index.php?title=%E4%BE%9D%E5%AD%98%E7%97%87&mobileaction=toggle_view_mobile

2)Bruinsma et al. Chocolate: Food or Drug? Journal of the American Dietetic Association, 1999 Volume 99, Issue 10, 1249 - 1256 https://doi.org/10.1016/S0002-8223(99)00307-7

3)Olds, James. Brain Stimulation and the Motivation of Behavior. Perspectives in Brain Research, 1976 Volume 45 ||, 401–426. doi:10.1016/s0079-6123(08)61001-8 

4)Howard L. Fields et al., Ventral Tegmental Area Neurons in Learned Appetitive Behavior and Positive Reinforcement, Annual Review of Neuroscience 2007 30:1, 289-316 https://doi.org/10.1146/annurev.neuro.30.051606.094341


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