見出し画像

【細胞談義045】最新のうつ病治療の研究

こんにちは、ミネソタより、コーイチがお届けします。
うつ病を理解するシリーズ3回目になりました。今回は最新の研究に関してお話ししてみたいと思います。

新しい診断方法

いきなり、治療法ではないですが、同じくらい重要なこととして、診断法の研究があります。
そもそもうつ病をはじめとした精神疾患は診断が難しいものでもあります。他の疾患であれば指標になりものがあります。例えば糖尿病は血糖値、高脂血症などの脂質異常症は血中のコレステロール値、そういったものが診断の基準になります。しかしながら精神疾患、特にうつ病では客観的な指標が無いのです。他の脳の病気と症状が似ていることもあります。どうなったらうつ病なのか、どうなったら治ったと言えるのか、実は曖昧なのです。

近年ではうつ病に客観的な指標を取り入れようとする流れが起こっています。
例えば光トポグラフィ(参考資料1, 2)。これは頭皮に光を(近赤外光と呼ばれる波長の光を)当ててその反射光を検出します。近赤外光は血中の赤血球が持つヘモグロビンによって吸収されます。それを検出することによって表面に近い部分の脳の血流量を推定することが可能です。脳は活動に依存して脳血流が変わります。これを指標に、うつ病患者に特有のパターンなのか、統合失調症に似ているのか、双極性障害が近いのか、そういったパターンの違いを診断の補助に使う試みがなされています。これはまだ精度が高いとは言えないのであくまで診断の補助ですが、脳の活動の特性を知れるという点で興味深いですね。造影剤などを使わなくて良いメリットがあります。

一方で血液検査のような、バイオマーカーと言われる物質(疾患の発症時に量が増えたり減ったりする)を検出する試みは研究が続いていますが、うつ病に特異的な物質はまだ特定されていません(示唆する報告は近年多数上がっています)。今後の研究が待たれます。

脳に埋め込んだ電極で局所刺激

これまでは抗うつ薬による症状の改善が主な治療法でした。以前ご紹介した通り、SSRIやSNRI、NaSSAといった神経伝達物質の量の調節を行うものです。
しかし深刻な症状のうつ病などにおいて、この方法のみではうまく効果が得られないケースもあり、詳しいメカニズムの解明に力が注がれています。
うつは神経回路の異常から生じるということで、「電気的に神経回路の活動を制御してみたらどうか」という発想のもと、電気の刺激を用いる方法が研究されています。
電気刺激ってどうやるんでしょうか?信じられないかもしれませんが、電極を脳に直接差し込みます。

いくつかの脳の疾患では既に、電極埋め込み手術による治療が存在しています。神経の過剰な活動で起こるてんかんにおいては、頭蓋骨を開けて直接脳の表面に電極のシートを貼り付ける方法(硬膜下電極法)があります。これによって脳の活動を電気的に監視したり、刺激することが可能になります。
そして、パーキンソン病など脳の深い部分の領域が病気の引き金になっている場合は、深部脳刺激(DBS)という、電極を差し込む方法もあります。

局所刺激で気分が変わった

このように既に行われている電極を用いた手法から、いろいろな知見が得られてきました。これまでに行われてきた電気刺激の方法は、脳の全体を刺激してしまうものだったのですが、実際に問題となる部位は特定の局所に存在しています。そこで、いくつかの電極を用いて最適な治療部位を割り出すという手法が開発されました。これをマッピングと言います。それを用いて、適切な部位を刺激するという興味深い研究が報告されています(参考資料3,4)。この論文の特徴としては、クローズドループという手法を用いています。これは、神経回路の状態を常にモニターし、その状態によって刺激のパターンを変えるという”フィードバック”がかかる工夫です。被験者は36歳の女性でした。重度の治療抵抗性があり、抗うつ薬も電気けいれん療法というものや経頭蓋磁気刺激というものによっても十分な効果が出ず、うつによって直近の4年間は快感の感情が失われていて、認知障害も出ていたとのことでした。

今回はクローズドループの手法を用いて、脳に埋め込まれた電極によるDBSで特定の脳領域を個別に刺激しました。その結果、劇的に症状が改善したとのことです。前頭皮質という部分のゆっくりとした刺激によっては、「本を読んでいるような」落ち着いた気持ちとなり、帯状皮質という認知機能に関わる領域の刺激では「蜘蛛の巣や綿を払ったような覚醒感」が得られました。そして腹側線条体という快感や意欲などに関わる領域の刺激では、「うずくような快感の気持ち」が生じたとのことです。4年間も感情が失われていたとは思えない回復ぶりですね。
論文には直接書かれていませんでしたが、これを報じた記事の中には患者自身の言葉が書かれているものがありました。
”I suddenly felt a genuine sense of glee and happiness, and the world went from shades of dark gray to just -- grinning.”(私は突然、純粋な喜びと幸福感を感じ、世界が暗い影に思えていたところから、笑顔が溢れるような感覚になりました)

さらにこの論文では逆に、気分が悪くなったり眠気を催す刺激もあったことを報告しています。

テーラーメイド治療

この論文を理解する上で非常に重要なことは、脳にはいろいろな領域があり、それぞれ司っている感覚や感情が違うということです。これまでの研究の積み重ねによってそれらはある程度明らかになっています。
この研究では、患者のその時その時の症状をリアルタイムでモニターし、その都度適切な領域に刺激を与えてフィードバックしてみた、ということになります。
つまり、単なる薬や電気刺激と違って、その患者だけの特別な治療というわけです。

うつ病の症状や程度は人によって大きく異なると以前お話ししました。それが治療の難しさにつながっています。患者の個人差に合わせて最適な医療を設計することをテーラーメイド治療とも言いますが、今回の研究はうつ病治療にまさにその可能性を開いたものになります。
脳に電極を刺すとなるとちょっと怖い気もしますが、薬による治療もさらに細分化されて患者に合わせた個別の医療ができるようになっていくでしょう。


参考資料

1)うつ病ナビ:光トポグラフィー検査とは https://utu-yobo.com/topography/about/

2)Ho CSH, Zhang MWB and Ho RCM (2016) Optical Topography in Psychiatry: A Chip Off the Old Block or a New Look Beyond the Mind–Brain Frontiers? Front. Psychiatry 7:74. doi: 10.3389/fpsyt.2016.00074 https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyt.2016.00074/full

3)Scangos, K.W., Makhoul, G.S., Sugrue, L.P. et al. State-dependent responses to intracranial brain stimulation in a patient with depression. Nat Med 27, 229–231 (2021). https://doi.org/10.1038/s41591-020-01175-8

4)Scangos, K.W., Khambhati, A.N., Daly, P.M. et al. Closed-loop neuromodulation in an individual with treatment-resistant depression. Nat Med 27, 1696–1700 (2021). https://doi.org/10.1038/s41591-021-01480-w

5)Science Daily: 「Personalized brain stimulation alleviates severe depression symptoms」 https://www.sciencedaily.com/releases/2021/01/210118113120.htm

6)サムネイル画像:DBSの装置をX線で撮影したもの
引用元 https://en.wikipedia.org/wiki/Deep_brain_stimulation


いいなと思ったら応援しよう!