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DX読書日記#3 『両利きの経営』 オライリー & タッシュマン

はじめに

本書「両利きの経営」はDX関連で最も読まれている本のひとつと思います。
クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」に対する解決策を提供してくれる本として、大ベストセラーになりました。
以前、初版を読んではいたのですが、最近、増補改訂版が出版されたので改めて読んでみました。

もともと本書は読者からの評価が総じて高く、アマゾンの国内でのレビューを見ると、高い評価は豊富な事例に対するものということがわかります。一方で、論理の分かりづらさに対する指摘も散見されました。

今回の増補改訂版では「組織文化」「イノベーションの規律」の章が追加になり、事例も更に追加されて充実したものとなっています。また、各章の最後に「結論」の節が追加され、論理の分かりづらさを改善しようとしたことが窺えます。
読者からの評価を踏まえ、初版から改善を図ったのが、今回の増補改訂版といえると思います。

ところで、本書に、多少なりとも論理の分かりづらさがあるとして、いったいそれはどこから来るものでしょうか。
本書が著者のこれまでの論文をそのまま取りまとめて作られたものだとしたら、一冊の書籍として、簡潔で、分かりやすく、一貫した論理を展開するのは難しいことかもしれないと思っていました。
ただ、それだけが理由ではないかもしれないことが、今回、「両利きの経営」に関する論文を調べていて分かりました。

私が見つけた論文は九州共立大学の石坂庸祐先生の2014年のものですが、少なくとも当時の時点では、「両利きの経営」研究において、概念整理や実証研究が十分ではなく、「やや混乱した状況」があったようです。
これは決して悪い意味ではありません。
当時、多様なアイデアや視点が「両利きの経営」研究に新たに持ち込まれてきていたことが背景にあるようです。

以下では、本書の概要を簡単にまとめた上で、石坂庸祐先生による概念整理も併せて見ていきたいと思います。

本書の概要

著者は、本書において、「イノベーションのジレンマ」に対する、クリステンセン自身の解決策を否定し、「両利きの経営」こそがその解決策のひとつであるとしています。

クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」は、新興企業が既存企業のビジネスを破壊する、驚くべきメカニズムを明らかにしたイノベーション理論です。
クリステンセンは、顧客の要求に応えるためにイノベーションを続ける持続的イノベーターは、それが原因で、やがて競争優位を失い、破壊的イノベーターに敗れる、としました。

持続的イノベーターが破壊的イノベーションに対応できないのは、持続的イノベーション実現のために構築した組織ルーティンが、破壊的イノベーションに求められる組織ルーティンと全く異なるためです。
クリステンセンは、「イノベーションのジレンマ」への解決策として、破壊的イノベーションを追求する「知の探索部門」が既存の組織ルーティンの影響を受けないよう、そうした部門をスピンオフしなくてはならいとしました。

これに対して、著者(を含む組織論の専門家の方々)は、「知の探索部門」をスピンオフしたら、シナジーが得られず、既存組織のリソースを活用することができないことを問題視し、「知の探索」と「知の深化(活用)」を同時に推進している企業が競争優位を持続させるとして、そうした「両利き経営」こそが「イノベーションのジレンマ」の解決策のひとつであるとしました。
また、「両利きの経営」実現においては、経営者によるリーダーシップがなによりも重要である、というのが著者の主張の大きな特徴となっているようです。

総論としては全く違和感のないものですが、「イノベーションのジレンマ」のときのような驚きはありません。
シナジーや、「知の探索」と「知の深化(活用)」の同時推進の重要性は、多角化戦略や中央研究所の例など従来からあるお馴染みのものといえるかもしれません。
クリステンセンは(個人的には技術経営の専門家と思っていますが)、言葉が少し足りなかったばっかりに、組織論の専門家の方々から、売ってもいないケンカを買われてしまった格好ではと、少し気の毒な気もしています。

何れにしても、重要なのは「両利きの経営」の実現方法やその実践です。

著者は「両利き経営」に求められる要件として、「構造的要件」と「リーダーシップ要件」を示しています。
構造的要件は必要条件である一方で、十分条件とはいえず、リーダーシップが重要としています。

「両利き経営」に求められる構造的要件
①戦略的意図
②経営陣の関与・支援
③組織構造
④共通のアイデンティティ

「両利き経営」に求められるリーダーシップ要件
①心に訴えかける戦略的抱負を示して、幹部チームを巻き込む
②どこに探索と深化との緊張関係を持たせるかを明確に選定する
③幹部チーム間の対立に向き合い、葛藤から学び、事業間のバランスを図る
④「一貫して矛盾する」リーダーシップ行動を実践する
⑤探索事業と深化事業についての議論や意思決定の実践に時間を割く

「両利きの経営」から抜粋

また、著者は「組織戦略フレームワーク」と呼ばれるものを示しています。
戦略的刷新の適切性の判断と、戦略的刷新のリードの大きく2つのステップからなるものです。

組織戦略フレームワーク

1. 戦略的刷新が適切かどうかを理解する
①成長機会が限られた成熟期の戦略によって、大方の業績が決まっているか
②自組織の戦略を移行できる製品、サービス、プロセスの機会があるか
③中核市場の外部に機会(または脅威)はあるか
④その機会は、自社の中核となる組織能力や関連するアイデンティティの脅威となるか

2. 戦略的刷新をリードする
①成長に向けて感情移入のできる抱負を定める
②儀礼的な文書化された計画プロセスではなく、対話として戦略を扱う
③今後起こることを教えてくれる実験を通じて成長する
④リーダーシップコミュニティを刷新活動に巻き込む。少なくとも幹部チームがかけてくるものと同等の圧力が、ボトムアップから生じるようなプロセスを設計する
⑤実行するための規律を持たせる。刷新は一夜漬けの仕事だと甘く見てはいけない

「両利きの経営」から抜粋

・イノベーションや戦略的刷新をリードする際には、ステップやフェーズよりも、対話、参加、文脈、会話、リーダーやチームが深くかかわり合うことのほうが大事になってくる
・感情に訴える抱負と逆説的な戦略課題(探索と深化)によって、戦略的刷新の取り組みに活気が出てくる

「両利きの経営」から抜粋

もう少し本書の内容に踏み込んで要約できると良いのですが、、興味がある方は、是非、本書を読んでみていただけたらと思います。豊富な事例も楽しめるのではと思います。

石坂論文(2014)の概要

ここからは、本書の内容を理解するために読んだ、九州共立大学の石坂庸祐先生の2014年の論文を簡単に紹介したいと思います。

最初に、少し用語の整理をしておいたほうがよさそうです。

英語              本書「両利きの経営」  本論文
organizational ambidexterity    両利きの経営      組織双面性
exploration           探索          探索
exploitation             深化          活用

その上で、本論文の目的ですが、

… こうしたMarch他(1991,1993)の問題提起を原点とした「組織双面性」に関する研究は,今も多様な視点からその展開を図る試みが行われている.
しかしながら,一方で多様なアイデア・視点が持ち込まれることにより,同概念の本質や適用範囲について,諸研究間の比較を困難とするほどの大きな不一致やあいまいさが存在するという指摘も多い(e.g., Raisch &Birkinshaw, 2008; Cao et al, 2009; Simsek et al.,2009 ).
また,組織双面性の研究者は,組織的双面性が長期的な企業成果のカギとなるドライバーであると論じてきたが,上記の理由も含め,双面性と企業成果との関係についての実証研究は稀で制限されたものであり,その結果(ポジティブ/ネガティブな影響)も現状ではけして明確であるとはいえない状況がある(Raisch & Birkinshaw, 2008:392-393.).
ゆえに,われわれは本稿において,こうした「組織双面性」という研究視角の‘やや混乱した現状’を前提としながら,まずは同アプローチにおいて展開されてきた研究成果からその主要な論点を導出し,われわれ独自の立場からその整理・秩序化を図ることによって,今後の理論的・実証的展開のための基盤の構築を目指そうとするものである.

石坂庸祐(2014)から抜粋

また、

本稿では,企業の長期的な生存あるいは成長を脅かすであろう独自資源・能力の「コア・リジディティ」や「イノベーターのジレンマ」といった現象に対する‘解毒剤’として機能することが組織双面性アプローチに期待されていること,少なくともわれわれ自身がそれを明確に意識していることを確認しておかれたい.

石坂庸祐(2014)から抜粋

とのことです。

本論文では、「組織双面性」が有効となる条件について、本書「両利きの経営」の著者であるオライリーとタッシュマンの論文を参照し、下記のようにある程度限定した上で、

戦略機会のマトリックス
戦略機会のマトリックス = 戦略的重要性 × 資源・能力のレバレッジ

戦略的重要性 × 資源・能力のレバレッジ → 適合する組織形態
低        低             スピンオフ
低        高             内部化 and/or 契約
高        低             独立事業ユニット
高        高             双面側組織

石坂庸祐(2014)をもとに作成

組織双面性の主な実現方法として「時間的双面性」「構造的双面性」「コンテクスト的双面性」について説明します。
本書「両利きの経営」で取り上げられていたのは、このうち「構造的双面性」になります。

時間的双面性
・探索と活用の実行を時間軸によって分離する
・ある支配的な活動に焦点化した後に他の活動にシフトすることを繰り返す
・探索と活用を同時的に行った場合に生ずるであろうトレード・オフを回避することが可能

構造的双面性
・単一組織内に活用と探索のそれぞれを担う分離されたユニットを設ける(構造的分離)
・分離されたユニットをルースな形で統合し、シナジーを図る
・統合実現のメカニズムとしては、①明確な戦略的意図、②分離ユニット間を架橋するビジョンや価値、③目的によって統合された適切な組織アーキテクチャー、④上級管理者チームの社会的統合とトレード・オフやコンフリクトに対する管理能力

コンテクスト的双面性
・双面性は文化的な価値や規範といった組織コンテクストから生じるもの
・組織レベルというより、組織を構成する個人レベルで実現されるもの
・組織の諸個人が活用と探索の両立という競合する課題に対処する上で、好ましい「組織コンテクスト」を創造することが重要

石坂庸祐(2014)から抜粋、一部編集

その上で、組織双面性の実現方法がどのようなものであったとしても、それは容易で安価なものとは考えづらく、その実行が比較的「高価」だとすると、組織双面性を適用する上での前提条件を明らかにすることが重要な論点になるとしています。

以下は、最も一般的な「構造的双面性」を対象とした前提条件の議論です。

組織双面性が有効となる前提条件

①高度な環境不確実性
・組織双面性は、予測可能な比較的安定した環境下よりも、変化の激しいダイナミックな環境においてその価値を高める
・ダイナミックな環境下において、探索あるいは活用に過剰に特化することはリスクの高い試みといえる
・探索への特化は「失敗の罠」、活用への特化は「成功の罠」に陥る可能性を高める

②大規模組織の優位性
・組織双面性は、豊富なスラック資源を保有する大規模組織にとって有利
・組織双面性は、探索と活用のどちらかの活動に特化するケースに比べ、多大な投入資源を必要とすることが予想される

③資源・能力のバレッジ
・既存の資産と能力を成熟事業から新規事業に移転する組織能力こそが組織双面性の本質
・ただし、移転元である活用ユニット側には移転先である探索ユニット側に資源を分け与える必然的な理由は本来存在しない
・そのため「意図的な仕掛け」が必要で、例としては、①共通の価値観、②探索ユニット・リーダーへの異例に高い地位の設定、③活用ユニット側への十分な経営資源配分、④探索ユニットへの支援努力に対する活用ユニット側への報酬等

④探索ユニットの評価
・探索ユニットが担う「実験」のすべてが成功するわけではなく、不確実性を内包する「探索」は常に「活用」からの淘汰圧力を受けている
・そのため、弱い「探索」を強い「活用」から保護する「意図的な仕組み」が必要
・一方で、厳格な評価なしに探索を擁護し続けるのは、過剰な探索が導く「失敗の罠」の可能性を高める
・探索ユニットのリーダーを、業績や計画の達成度などの客観的基準で評価するのではなく、実験を通じて得た「学習成果」という、より「主観的な基準」によって評価すべき
・新規の実験的事業の先行きは多くの場合に予測不能、そこで設定される業績目標や計画はあくまで「仮説」に過ぎない
・誰にとっても先行き不透明な新規領域では、そうした仮説をより効率よく迅速に検証して改善し、その「予測精度」を高めた者、いわば「より速く学習し適応した者」こそが勝者となりうる
・探索ユニットを「結果責任」から開放し、「学習の責任」へと向かわせる方法によって、探索ユニットの保護と一定の評価、および、明確な責任を両立させることができる
・ただし、学習成果に関する「評価」は、より主観的なものとならざるをえない
・探索ユニットが活用ユニットと共に組織内部に存在する組織双面性は、評価する者とされる者の「絶妙な距離感」を作り出すことによって、主観的ながらも、より厳密な評価を可能とする

石坂庸祐(2014)から抜粋、一部編集

本論文の紹介は以上です。
個人的には、本論文を読んだことで、本書「両利きの経営」への理解が深まりました。
興味のある方は、本書「両利きの経営」と併せ、石坂先生の論文もお読みいただけたらと思います。

石坂庸祐(2014) 「組織双面性アプローチの論点 -イノベーターのジレンマ」の超克をめざして-」 

https://core.ac.uk/download/pdf/230236025.pdf

おわりに

本書を読んで、著者の主張する「両利き経営」の「構造的要件」と「リーダーシップ要件」の重要性は伝わってきましたが、「両利き」のための組織文化があってはじめて、「構造的要件」を機能させることができるし、「リーダーシップ要件」を備えたリーダーを育成することができる、ということではないかなと思いました。
いずれにしても、、「両利きの経営」を実務の中で正面から取り組むのは、かなり難しそう、というのが正直な感想です。

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