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セッション定番曲その113:That's All

いわゆるジャズスタンダード曲ですが、セッション定番曲とまでは言えない微妙な位置付けの曲。実はよく聴いてみると面白い曲です。レパートリーに迷っている人にはおすすめです。
(歌詞は最下段に掲載)

和訳したものはあちこちのWebサイトに掲載されているので、ここではポイントだけ説明します。


ポイント1:That's All

1952年に書かれた、ジャズスタンダード曲としては比較的新しい曲。
最初にレコーディングしたのは例によってNat King Coleでした。

この「ポップスとしてのジャズボーカル曲」がなんとも素敵ですね。スムースで暖かい声での歌唱。明確なメロディと分かりやすい歌詞。こんな時代がもっと続けば良かったのかもしれませんが、時代はさらにもっと単純で甘いメロディの10代の若者向けのポップスを求めていきました。ポップカルチャーの購買年齢層がどんどん下がっていったのがこれから後の時代。ジャズボーカルは徐々にポップスのメインストリームから離れていきました。


ポイント2:オクターブ跳躍のメロディ

「AABA」という典型的な歌ものジャズ曲の構成になっていますが、Aパートの前半4小節は音域の幅が狭くてアルペジオのようなメロディラインで、後半4小節になって少し動きが出ます。

特徴的なのはBパートのメロディ。かなり技巧的に書かれたもので、オクターブ跳躍がずっと使われています。さらに前半4小節から後半4小節は全音上がるという作り。

どうにもわざとらしい機械的なメロディになってしまいそうですが、アクセントの位置をズラすことで楽しく自然な感じになっていて、歌詞もうまくのっています。歌っても楽器で弾いても楽しい箇所だと思います。

Aパートの最後は3回とも「That's all, that's all(それだけなんだよ)」で終わるので、歌う際にはここにどう変化を付けるか工夫したいですね。

ポイント3:求愛の歌

I can only give you love that lasts forever
And a promise to be near each time you call
And the only heart I own, For you and you alone
That's all, that's all

主人公はあまりお金持ちではないようで、基本的には「気持ち(愛)」しかあげられない、とずっと言っています。

こんな調子でこの後も、好きな人に対して愛を伝えて、振り向いてもらおうという歌詞が続きます。ただし、相手が同じように好意を持ってくれているのかはハッキリしないまま

こういう内容の場合、早いテンポのスイングで歌うと、ウキウキと「恋に恋している」感じの表現になりますしが、ゆったりとしたバラードで歌うと、相手に(一方的に)好意を伝えるだけで「もしかしたら実らない思いなのかも」という感じの表現になりえます。もちろんそれぞれに合わせた声の表現なども必要ですね。

全てを語り切っていない歌詞の場合、そんな風に解釈も色々出来て、リズムパターンやテンポを変えると伝わり方が変わるのが面白いところ。そこがジャズの楽しいところですね。

ポイント4:作曲者はBob Haymes

実はあまり聞いたことのない人ですが、もともと俳優をやっていて、その後に歌手、作曲家になったようです。この曲がほとんど唯一知られている曲なようです。この曲はジャズスタンダード曲化してはいますが、地味な印象なのはそのせいかもしれません。

「技巧的に書かれている」と上記に書きましたが、そう考えると実は「素人くさい」思い付きで書かれた曲なのかもしれません。
そこが逆に魅力的に聴こえるのかも。あなたはどう思いますか?


ポイント5:色々なバリュエーションを聴いてみよう

2003年録音のMichael Bubléのバージョンでは少し哀愁を感じさせるようなアレンジになっています。このしっとりした感じもいいですね。


Sarah Vaughanは軽快に歌っています。例によってビブラート多め。


Bobby Darinの1959年のラテンアレンジ・バージョンはヒットしたようですが、かなり乱暴な歌唱ですね。


Dianne Reevesの1987年録音はかなりメロディを崩して歌っています。


Nicole Henryの2008年録音はものすごく気持ちののった歌唱。


Ahmad Jamalのピアノもいい感じですね。



Lee Morganの1957年録音


Ray Brown Trioの1985年録音


Ben Websterの1954年録音
Nat King Coleの歌唱曲がヒットしてまもない時期の演奏で、歌心たっぷりのサックスが聴けます。バラードなのにテーマを吹き切って終わるいさぎよさ。


◾️歌詞


I can only give you love that lasts forever
And a promise to be near each time you call
And the only heart I own
For you and you alone
That's all, that's all

I can only give you country walks in springtime
And a hand to hold when leaves begin to fall
And a love whose burning light
Will warm the winter night
That's all, that's all

There are those, I am sure, who have told you
They would give you the world for a toy
All I have are these arms to enfold you
And a love time can never destroy

If you're wondering what I'm asking in return, dear
You'll be glad to know that my demands are small
Say it's me that you'll adore
For now and ever more
That's all, that's all



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