インスタグラム黎明期の極私的想い出 (2): Google 共有ドキュメントでの共同作業
(これは「インスタグラム黎明期の極私的想い出 (1)」の続きです)
インスタグラム本を書かれたサラ・フライヤー (Sarah Frier) さんからインタビューを受けた時に提出した資料、および10年ほど前にインスタの中の人たちとやりとりしたメールなどを元に綴る昔話。
前回は、わたしがインスタグラムを知り、アプリを入れ、アカウントを作成し、初投稿し、たまたま Kevin の投稿を目にしてメールを送り、日本語翻訳担当に選ばれたところ(〜2010年11月20日9時31分)まで書きました。
今回はその続き、実際に翻訳作業が開始した頃の想い出です。
Umm, is this the way? /
このやりかた、マジ?
2010年11月20日11時21分、ジョッシュ・リーデル (Josh Riedel) という人からメールが届きました。翻訳を行うにあたっての注意事項というか説明書きと、実際に翻訳する文言一覧でした。
.
.
余談ですが、Josh とはのちに2回ほどリアルで会いました。
1回目は2012年5月3日、Josh と Greg (Hochmuth) と Shayne (Sweeney) がプライベートで日本に旅行に来た際に渋谷で。
2回目は2013年9月19日、Josh と Bailey が半分仕事のような感じで来日した際に新宿で。この時は当時の初期インスタグラムユーザの皆さんと一緒に歓迎会のようなものを行ったんでしたっけね。
.
.
話を2010年11月20日に戻します。
Josh から送られてきたのは共有 Google ドキュメントへのリンクでした。え、本当にこれでやるの?と最初は軽くびっくりしました。前回書いたように、svn とか git とか、なんらかのバージョン管理システム的なものでやりとりすると思っていたからです。GNU gettext (.pot / .po / .mo) を svn や cvs で管理しながら共同開発・翻訳していた当時の私にはとても原始的に思えた、そんな記憶があります。
いや、原始的、という言い方は語弊があるかもしれません。
根本的には「なぜプレーンテキストそのもので扱わないんだ?なぜリッチテキストエディタ上でプレーンテキストを扱うんだ?」という、UNIX / Linux 開発者あるあるな感覚だったのでしょう。
ともあれ、iOS ネイティブアプリにおける ja.lproj/Localizable.strings ファイルに相当する内容が、ドバッと Google ドキュメントに貼り付けられているように見受けられます。
一部をテキストとしておこしてみると、こんな感じです。まぁよくあるパターンですね。
/* Flashes on screen after canceling a request to follow a private user */
"Cancelled request to follow %@" = "Cancelled request to follow %@";
/* No comment provided by engineer. */
"%@ said “%@”" = "%1$@ said “%2$@”";
こんな感じの翻訳対象文字列がおよそ200行ほどおさめられた Google ドキュメントです。思っていたよりは少なかったのでほっと一安心、実際のアプリを操作して該当する文字列が出てくるのを眺め、文脈をしっかり捉えながら、1つ1つ適切な日本語文字列を作成していきます。
提供された200行ほどの翻訳対象文字列のうち、画面のどこで使われているか分からないごく一部の文言はとりあえず残しておき、あとは数時間とかからず作業完了。
いわゆるオープンソースのコードであれば、翻訳対象文字列がプログラム全体のどの位置で使われているか、すなわちアプリが実際に動いている際、どういう操作フローを行ったら画面のどこに表示されるものか、それらを読み解くことができます。しかし、今回はクローズドソースなので、その辺はもどかしく、ちょっと辛いものがありました。
ともあれ、その後、もう一度アプリを通しで操作しながら、自分の選択した日本語文言に不適切な箇所はないか、語尾などが揃っているか、文脈的に誤解を招かないか、翻訳文言全体として用語のゆらぎがないか、など、何度もチェックします。
その後 Josh に進捗報告のメールをしておきます。
Japanese translations are becoming almost complete except a word or two,
and except double-checking in the real/simulated environment :)
で、1日くらい寝かせる。これ大事です。
そして翌日の2010年11月21日、再び「昨日の自分」の選択文言をチェックします。ゆらぎや誤訳がないか、再度確認。そして再び実際のアプリを動かしながら、当該文言が表示される箇所を特定し、画面表示全体のバランスをみながら、必要に応じて文言刈り込み(体言止めなど)を行います。
インスタグラムの極限までシンプルな世界観や画面デザインを壊したら意味がないですからね。
Suggesting additional strings to translate /
翻訳対象から漏れている文字列を指摘
で、気づいてしまいます。
翻訳対象から抜けてる文字列、まだかなりあるやん。
先回りして、抜けてる文字列を Google ドキュメント上の特定の形式(つまり Localizable.strings の書式)にして、勝手に作り始めます。
そして、画面のどこで使われているのか特定できなかった文言とともに、Josh にメールで進捗報告を送りました。そこであーだこーだと議論的なものが始まります。
基本的には、日本語と英語の違い(あるいみ「日本語の特殊性」そして「英語の特殊性」について)をわたしが Josh に丁寧に説明し、翻訳対象文言そのものの方で工夫しないといけないんじゃないか、といった提案です。
日本語以外にも、世界各国のいろんな言語に翻訳されていくわけですから、必ずしも英語の原文と1対1で直訳できる文言ばかりではないこと、文法構造の違いから、対応のとりかたを原文の英語側で工夫しておいた方がいいこと、など、いろんな説明を行い、そして納得してもらえました。
そういった Josh とのやりとりが、当時アプリそのものの開発を担っていた Mike にも伝達され、アプリのコードに手が入れられていたんだと思います。
ただでさえ、とんでもないペースでユーザ数が増加している最中で、アプリそのもののブラッシュアップや多言語化よりも、サーバサイドの安定性確保やスケーリングなどに開発リソースを割きたい時期だったに違いありません (注2)。けど、少数精鋭、おそらく4名しかいなかったであろう当時のインスタグラムの全メンバは、こんな酔狂な日本人とのやりとりも殺伐とならず(笑)真摯に行ってくれていました。いま考えても本当に凄いと思います。それこそ HRT の原則を当時から実践してたようなもんですね。
(注2):
最初期のインスタグラムは、よくサーバがダウンしていました(笑)オートスケーリングってなにそれおいしいのという時代、というほど大昔の話ではないとはいえ、指数関数的に増え続けるユーザ数と投稿数、そしてトラフィックに、中の人たちは本当に大変な思いで対応されていたんでしょうね。
Beta release very soon? - maybe not /
ベータ版も近し? いやまだまだ
そして作業開始から3日目の 2010年11月23日4時46分、Kevin からメールが届きます。
Date: Mon, 22 Nov 2010 11:46:39 -0800
Message-ID: <AANLkTinenjKFjy+tXrxFqLNHDXsRhrKzEZVW0t9H=1=z@mail.gmail.com>
Subject: Re: Instagram Japanese translation
From: Kevin Systrom <kevin@instagr.am>
To: "MATSUBAYASHI, 'Shaolin' Kohji" <shaolin@rhythmaning.org>
Cc: Josh Riedel <josh@instagr.am>, translate@instagr.am,
Mike Krieger <mikeyk@instagr.am>
Content-Type: multipart/alternative; boundary=00163630f711cb993a0495a98343
Hi Kohji,
I can't tell you how awesome this is! We're so excited to bring Instagram
to Japanese speakers everywhere.
"Edit sharing settings" is in the new version of the app that isn't out yet,
that's why you haven't seen it in the app yet. :)
"We'll get back to you soon" is shown on a window alert after submitting an
email to us (like support email or jobs email). So in essence, it should
thank them for contacting us, and we'll get back to them soon.
We're so excited to have a version ready in the next couple of days.
Thanks so much for being so helpful!!
Kevin
2010年11月23日8時00分、続いて Mike からメールが届きます。
Date: Mon, 22 Nov 2010 16:00:38 -0800
Message-ID: <AANLkTi=44aOrb4eTs-e+uy=mkLhBRmktgc49zNQALsZ9@mail.gmail.com>
Subject: Re: Instagram Japanese translation
From: Mike Krieger <mikeyk@instagr.am>
To: "MATSUBAYASHI, 'Shaolin' Kohji" <shaolin@rhythmaning.org>
Content-Type: text/plain; charset=ISO-8859-1
Content-Transfer-Encoding: quoted-printable
Hi Kohji,
Mike (co-founder of Instagram) here.
This looks amazing! I'm so excited to see our app translated!
I added two phrases this morning to the Google Doc which are
highlighted in green:
"OK"
and
"requested" (shows in the User list similar to "follow"/"following")
for "your photo will be here when you get back", this happens when we
need to leave the app for a minute to sign in with Flickr. Here is
when it happens: http://d.pr/iZ18 When the user returns to the
application after signing-in with Flickr, the photo that they have
just taken before is waiting for them so they can continue posting it.
Thanks again and please let me know if you have any other questions!
Mike
Kevin も Mike も、部下である Josh や Shayne に全てを丸投げにしていたわけではなく、(この2010年当時は)全員が一丸となってアプリ開発を含めた全ての作業を共同で行っていたことが伝わってくる、そんなメールですね。
さぁ、あとはこれらの翻訳文言を含めてビルドしたベータ版アプリとかでテストを行うのも近いかな〜、と思っていたところ。
自分なりに探してみたら、まぁまだまだあるじゃないですか、翻訳対象から抜け落ちている文字列ども。アプリの中だけではなくて、サーバ側から受け取ってアプリ内に表示している文言ども。
もっといえば、インスタグラムの Web サイトもあるじゃないですか。
というわけで、太平洋をはさんでメールが行き交う日々に再び戻ります。
(その3へ続く)
----
(便乗宣伝)
2021年7月7日に「シン・デジタル教育」という本を上梓しました。
本の中身については個人ブログ(主に音楽やオーディオ系)の方に書いています。
この本の特別付録として、インスタグラムの共同創業者 Mike Krieger 氏のインタビューが掲載されています(短いですが)。子どもと親とディジタルテクノロジーといった観点から、彼なりの考えを回答してもらいました。Mike、むっちゃ忙しいやろうに、ほんまありがとう。