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インスタグラム黎明期の極私的想い出 (5): ついに日本語版リリース、そして恥ずかしい文言ども

これは「インスタグラム黎明期の極私的想い出 (4)」の続きです)

インスタグラム本を書かれたサラ・フライヤー (Sarah Frier) さんからインタビューを受けた時に提出した資料、および10年ほど前にインスタの中の人たちとやりとりしたメールなどを元に綴る昔話。


前回は、Web サイトやサーバサイドの日本語化もおおよそ終わり、リリース秒読みとなったあたり(〜2010年12月8日午前)まで書きました。

5回目となる今回はその続きです。実際にリリースされた頃の、中の人とのやりとり。そして、前回ちらっと触れた「恥ずかしい文言」について。その帰結としての、既存ユーザからの反応について。


Multilingualized website goes public / 
多言語化された web サイトが公開

時系列的に少し戻りますが、2010年12月2日午前、インスタグラムの web サイト (instagr.am) がアプリに先んじて日本語化され公開されました。その頃の Kevin とのメールでのやりとりが残っていました。

Date: Wed, 1 Dec 2010 19:32:42 -0800
Message-ID: <AANLkTimyv15b-RiD3SZ2waD_-E3mxxWOo5r9L1hV+g2M@mail.gmail.com>
Subject: Re: Japanese Translation of Website
From: Kevin Systrom <kevin@instagr.am>
To: "MATSUBAYASHI, 'Shaolin' Kohji" <shaolin@rhythmaning.org>
Cc: translate@instagr.am
Content-Type: text/plain; charset=ISO-8859-1

Ok. Great! Just let me know when you think it's good to ship,
and I'll put it live.

When you visit http://instagr.am/ do you see the site in Japanese?

Kevin

On Wed, Dec 1, 2010 at 6:17 PM, MATSUBAYASHI, 'Shaolin' Kohji <
shaolin@rhythmaning.org> wrote:
> Hi Kevin-san,
>
> Okay. I'll check that. Although I have already translated, please note
> this is NOT a final version yet - now I have to go out for my business
> meeting today, and after I come back home I'll check the translation
> again to make it better - will let you know everything gets ready.
>
> Talk to you later, Kohji


それに対する私の返事(おそらく仕事の打ち合わせの移動中):

Date: Thu, 2 Dec 2010 15:25:49 +0900
Delivered-To: shaolin405mi16@gmail.com
Message-ID: <-2127602849799463376@unknownmsgid>
Subject: Re: Japanese Translation of Website
To: Kevin Systrom <kevin@instagr.am>
Cc: "MATSUBAYASHI, 'Shaolin' Kohji" <shaolin@rhythmaning.org>, "translate@instagr.am" <translate@instagr.am>
Content-Type: text/plain; charset=ISO-8859-1

Hi, just a quick response on my way back home on the train :-)
Yes, I see the website in Japanese,
although I feel I want to slight modifications to the translation...

Later, Kohji


まだ直したいところはある、と伝えたものの、もう公開されてしまったようです(笑) まぁアプリのリリースはもう少しあとでしょうから、ぼちぼち直していきましょう。


まぁ、けど、アプリのリリース後、すぐに怒涛の「違和感」表明が Twitter を埋め尽くすことになります(笑…えないけど)。ある程度予想はできてましたが。

この辺は後述します。


Shameful string that made me wanna crawl under the rug / 穴があったら入りたいほど恥ずかしい文言

アプリリリースまでの残り作業について、避けては通れない話、ついに書く時がやってきました。。。ドキドキ。

(その4 より引用)

この直前、非公開ベータアプリを使いこんでは、自分が当初翻訳した文言で、やっぱりおかしい、というところをどんどん直して彼らに伝えていきます。中には、恥ずかしい誤訳だったり、恥ずかしい文言だったりもありました。
ところが、記念すべき初リリースの中に、その恥ずかしい文言が1つ残ってしまっていたのです。Google ドキュメントでの共有ですし、バージョニングも簡単に把握しにくいので、まぁ仕方ないんですが。

それは、インスタ上の投稿に対して like をつける、その文言です。


現在はどうなっているか、といいますと、ご存知の通り、特になにも文言は添えられていません。単にハートマーク ♡ があるだけです。

図1

ハートマーク ♡ をタップすると ❤️ となり、like をつけたことになります。

図2


この like 機能、2010年当時のインスタグラムではこうなっていました。

画像3

画像4

つまり、like がつく前は「♡ Like」、like がついたあとは「❤️ Liked」と、文言が添えられていました。

この「like」をどう訳すか。英語の like と同様のニュアンスで、かつ、同様の見た目のシンプルさで表現するのは、なかなか難しい問題です。

特に、私自身が iPhone を常に英語モードで使っている身だったので、ますます悩みます。当時はアプリごとに使用言語を選択する機能が iOS になかったため、日本語になった時に「ダサく」感じられるのは避けたいところです。

しかし、全く思いつかない。いまこれを書いている note というプラットフォームでは「スキ」という表現が使われていますが、当時の私には「好き」「スキ」もいまいちしっくりきませんでした。

そこで、先行して日本語化されていた2010年当時の Facebook を参考にすることにしました。そして、Facebook では「Like」=「いいね!」が使われていたのです。

いまいち納得いきませんでしたし、「Like / Likes」を英語表記のまま残すことも考えました。しかし最終的には、既存ユーザにとって(Facebook で目にしているから)違和感が最も少ないであろう、と判断し、インスタグラムでも「いいね!」を採用しました

そして、なにも考えずに「Liked」は「いいね! 済」としました。2010年11月末の段階で。

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しかし、リリースが迫るに従い、そしてベータ版で実際に表示されるアプリ画面内の文言をみるにつけ、さすがに「いいね! 済」はおかしいやろう、と思うのは当然です。

そこで Kevin と Mike に次のように「正式リリースまでにこの修正を反映しておいて」と伝えました。こんな内容です。

「いいね! 済」はやめる。日本語としてキモチワルイ

「Like」も「Liked」も「いいね!」に統一

ボタンの背景色が異なるし、ハートが赤色になっているから、文言がどちらとも「いいね!」であっても、「Like」なのか「Liked」なのかは識別可能

そして運命の日が訪れます。


Instagram 1.0.5 released /
インスタグラム 1.0.5 リリース

2010年12月11日、日本語文言が含まれたバージョンがまもなくリリースされるよ、と記載された 1.0.5 が App Store に公開されました。

画像5

日本語だけではなく、ドイツ語、ポルトガル語も同時リリース予定だったことがわかります。


Instagram 1.0.6 released /
インスタグラム 1.0.6 リリース

そして 2010年12月19日、ついに日本語 / ドイツ語 / ロシア語 / フランス語 / 繁体中国語 / 簡体中国語 / イタリア語 / スペイン語に対応したバージョン 1.0.6 が App Store に公開されました。

画像6


Pros and Cons, mixed / 賛否両論

わたしも早速 App Store からアップデートしてみました。

が、が、が、あの小っ恥ずかしい「いいね! 済」がそのままリリースされていたのです。。。 Kevin と Mike に「直しておいてお願い」とメールしたのは反映されていなかったのです。。。 ナントイウコトダ。。。

よって、Twitter 上は文句だらけの Tweet で溢れかえります。


これでも、ごく一部です(笑)

もちろん、わたしの翻訳がこの時点ではまだまだ改善の余地があったことにも一因はあるわけですが、それ以上に感じたのは、2010年当時では「英語表記のみのアプリだから、ダサくなくてなんかオシャレでカッコいい」と感じる日本人ユーザが大半であった、ということです。

アーリーアダプタというのは概してそういうものなんだと思います。実際、上述の通り、わたし自身も iPhone を英語モードで使っていましたから。

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一方、ごく一部ながら、好意的な Tweet もありました。


Lessons I/we learned / ここから学べること

2021年の現在、これらから学べることは多くあります。

2010年12月当時のインスタグラム、もとい、Instagram は、初めてリリースされてからまだ2ヶ月しかたっていないにもかかわらず、本国アメリカで(そしてなぜか日本でも)数多くのユーザをつかんでいたこと。

英語版しか存在しなかった当時の Instagram だが、写真共有を軸にしたコミュニケーションツールとして、特に日本語化が必要ないほど、アプリ利用体験が極限までシンプルであったこと。

「日本では生まれなさそうな、極限までシンプルなアプリ」「なのにとても投稿しがいもあるし、他ユーザとの交流も楽しいアプリ」という2010年当時のユーザが感じたクールさが、シンプルな英語UIの見た目と非常にマッチしていたこと。

そこに突然(まだ改善の余地はある状態であったとはいえ)日本語文言が登場したことで、「クールな舶来もの」っぽさが一気に消え失せてしまい、特にアーリーアダプタ(新しもの好き)なユーザ層から概して批判的に受け止められたこと。

その一方で、アーリーアダプタではない一般ユーザ層にとっては、英語のみであるということが利用開始の最大の障壁となっているため、日本語になっただけでも「使ってみようかな」というきっかけになったこと。

そして、2010年当時、Instagram 登録ユーザのうち、Twitter にも登録しているユーザは比較的多かったものの、当時の Facebook にも登録しているユーザは、あまり多くなかったのかもしれない、ということ。

などなど。

別の観点からはこういうことも学べます。

日本のユーザは、あるいは日本人の多くは、はたまた非エンジニアは、最初から完璧を求める人の率が高いのかもしれないなぁ。逆に、エンジニア的属性の強い人は、まず出すことの価値を知っていて、徐々にアジャイル的に直していけばいい、と考える率が高いのかなぁ(自分も)。とか。

あの小っ恥ずかしい文言が(のちに修正したとはいえ)一時期世に出てしまったのは、やっぱり、バージョニング管理がしっかりできてなかったからだなぁ。いちばん最初の(Google ドキュメント共有による共同作業が始まる)タイミングで、svn や git 使おうよ、と強く主張しておくべきだったなぁ、とか。

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もちろん、2010年10月〜12月当時のわたし自身も、何度も書いている通り、iPhone 全体を英語モードで使っていた(今もそうですが)わけですし、不必要にアプリが日本語化される必要はないと思っている側の人間ではあります。

しかし、英語表記が日本語表記になっただけで、潜在ユーザ層が一気に広がる、という側面も見逃せません。

わたしはボランティアだったので関係ないとはいえ、Kevin / Mike / Josh / Shayne などインスタグラムを会社として仕事として開発していた「中の人」にとっては、新規ユーザ数、そしてアクティブユーザ数 (xAU) が重要な KPI であるわけですし、その先に利益化などもみえてくるわけです。

2010年当時の自分は、どちらかというと後者の立場から「1人でも多くの潜在的ユーザに、このインスタグラムというアプリを使って欲しい」と思い、日本語化を行っていたというわけです。


Keep fixing inappropriate translations /
翻訳の品質向上を継続

そういうわけで、もなにも、見るからにおかしいところもあるわけですが、そういった文言や表記を、どんどん直していき、Kevin / Mike にフィードバックしていきます。「一刻も早く、日本語文言をより正しいものに差し替えてくれ」と。

そして「その6」でも書きますが、「私の預かり知らぬところで勝手に挿入された変な日本語文言」「自分が訳したものとは異なる文言に差し替えられた箇所」が無視できないほど散見されたのです。これはどういうことだろう、と。

しかしこの当時の2人は、おそらくベンチャーキャピタルとのやりとりで大忙しだった時期なのでしょう。返事も滞りがちになります。

その間にも投稿されていく、心ない Tweet (笑)を横目に、引き続き日本語文言の品質向上と日本語版アプリ体験向上のため、文字列のみならずアプリそのものについてのフィードバック(ソースコードも共有されていたらどれだけ楽だったことか)を続けていきます。


はぁ、この昔話の中でいちばん思い出したくない恥ずかしいエピソードでしたが、とりあえず書き切りました。

次回は、2011年に入り、引き続き技術的やりとりを続けているうちに、ついに Kevin がナイスなものを作ったお話です。

その6に続く

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(便乗宣伝)

2021年7月7日に「シン・デジタル教育」という本を上梓しました。


本の中身については個人ブログ(主に音楽やオーディオ系)の方に書いています。


この本の特別付録として、インスタグラムの共同創業者 Mike Krieger 氏のインタビューが掲載されています(短いですが)。子どもと親とディジタルテクノロジーといった観点から、彼なりの考えを回答してもらいました。Mike、むっちゃ忙しいやろうに、ほんまありがとう。

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