「がんばらない」の理想的なかたちとは? | がんばるときもある不動産屋
「がんばらない」は「正しくがんばる」である~東村山の不動産会社
私たちは普段、「がんばる」という言葉を何気なく使います。そして、それはどちらかといえば良い意味で使用されることが多いですが、最近になってがんばらなくていいというように、裏を返せばがんばることの弊害があるということを表しているような風潮も見られます。
かつて、ただがむしゃらにがんばるだけでも評価されたり、報われたりする時代がありました。しかしながら、今はたとえば労働の現場でも終身雇用制度が崩れ、一日8時間・1ヶ月40日働いても生活が苦しいという人も増えています。
今この日本で生活している限り、何か仕事をするなどしてお金を稼がなくては生きていくのは大変ですし、働かずに生きようと思ってもやっぱりそのために「がんばる」必要はあります。
そんなところを踏まえて、「がんばらない」というのは正確に言えば、「正しくがんばる」というのがいちばん近いのではないかと思います。
達成できそうな小さな目標と習慣化~東村山の不動産会社
私(阿部)なりに、47年生きてきて会得した感覚の一つに、「小さな目標をクリアしていくこと」があります。少し手を伸ばせば届きそうな目標をたくさん立てて、それを一つ一つ達成していくことによって、自己肯定感が育まれます。
いきなり大きな目標に立ち向かい、何度も跳ね返されていては、自分は本当にダメな奴だ、何一つ実現できてはないじゃないかと、落ち込んでしまいます。「小さな目標をクリアしていくこと」。これはいろいろな本を読んでも、言い方はそれぞれ異なっても多くの人から語られています。
あとは「がんばる」を習慣化することです。たとえば私は、一日2時間は机に向かって必ず勉強をするなどといった目標を立てても、絶対に続けられません。そんな私がやっているのは、スキマ時間を有効に活用することです。
電車の待ち時間、電車での移動時間、誰かを待っている時間など、一日のうちの細々とした時間をかき集めれば意外に使えます。私は資格試験の勉強や読書、アイデア出しの時間としてスキマ時間を活用しています。
即席の心がけはそれ相応の結果しかもたらしません。何かに取り組むなら習慣化すること。そして、手の届きそうな小さな目標を立てては達成して、また立てるを繰り返すこと。そして疲れたら、誰にも気兼ねすることなく休むこと。
これが「がんばらない」のいちばん理想的なかたちだと思うのですが、いかがでしょうか。