桃を買った日
桃を買った。スーパーの果物売り場の一等地に、桃色の果物がたくさん並べられていた。そこだけなんだか上品な空気が漂っていた。自然界でこのピンク色に出会ってしまったらきっと虜になってしまうだろう。ふわふわとぴかぴかの両方を持っているものは、私はこの世で桃しか知らない。
果物を買ったのは久しぶりだった。高くて手が届かないと思って果物売り場には近づくことがなかったのだけど、その日は買い忘れたレタスを取りに戻る途中でたまたま通った。桃があまりにも美味しそうだったので、欲しくなった。値段を恐る恐る確認すると、想像の半分ぐらい。買っちゃうか、と思って、一応100gあたりの値段ではないことを確認してから、いちばん美味しそうな子を慎重に選んでカゴに入れた。そのあとは、鮭や豚肉や卵をカゴに加えるたび、端っこに鎮座している桃が目に入ってきて、わたしは今日桃を買って帰るのだと心の中でにまにました。
帰りは自転車で運ばなければならない。潰してしまわないようにかばんのいちばん上にそっと置いて、動かないように周りを野菜で囲んだ。いつもよりも慎重に自転車を漕いだ。段差を越えるたびに桃に傷がついていないか心配する。よく考えたら何度も卵を同じように買って帰ったことがあるのだからそこまで心配する必要はなかったのかもしれないけど、その日は桃がとても大切だった。無事に家まで桃を持って帰ることができた。
まだ固かったから、しばらく置いて熟れるのを待った。わたしは桃を食べる日を心待ちにした。研究をしながら、今日の晩ごはんはどうしようか、そうだ桃があるんだった、やわらかくなったかなあとわくわくした。やっと桃がやわらかくなったので、食べることにした。桃の皮を剥くのは気持ちがいい。中学の家庭科の授業でりんごの皮剥きテストがあって、夏休みには親にあらゆる果物の皮剥きを代わってもらって練習していた。桃の皮はするん、と簡単に身から離れてくれるので、テストもりんごじゃなくて桃だったらいいのにと思っていた。今回もきれいに剥けて、とてもうれしかった。種をとって切り分けて、そのまま食べたくなるのをなんとか我慢しながらテーブルに運んで、そうだせっかくだからお茶でも淹れようと、カモミールティーを20歳の誕生日の時にいただいたマグカップに入れて、桃の載ったお皿と、数回しか使っていない小さなフォークと一緒にお盆に並べた。
丁寧な暮らしをしているなあとほくほくしながら、やっと桃を食べた。あんなに楽しみにしていた桃は、少し気が抜けた味がした。甘酸っぱさをじゅわじゅわ感じられると思いこんでいたので、がっかりしてしまった。確かに時期は遅めだった気がするし、それで手が届く値段になっていたのかもしれない。残念だったけど、果物を食べるのは楽しいと思った。
来年はいちばんおいしい時期に、ちょっと良い桃を買って食べよう。