実証研究紹介17:公務員の中立性と政府業績との関係
このページでは自分の専門と関連する分野を中心に、最近の査読付き学術誌(英語)での社会科学の実証・理論研究結果について紹介します。このようなページを書こうと思った動機は、日本での政策議論や論壇等で国際的な査読付き学術誌での実証・理論研究成果にあまり目が向けられていないと思ったからです。こうした研究から、目の前の課題に対して即効性のある解決策を見つけるのは難しいかもしれません。しかし、問題と解決策を体系立てて考えるヒントを得られ、役立つ部分が多いのではないかと思うので、出来る範囲で紹介したいと思います。細かい内容紹介や訳出は時間の制約上できかねますので、この投稿が論文の存在を知るきっかけ程度になればと思います。紹介した論文の送付もできかねますので、ご自身で入手をお願いします。
今回は公務員の中立性を担保するような人事制度や慣行と政府業績一般との関係性です。行政の仕事に対する過度な政治介入や人事への干渉などは、どのような結果を招きやすいのでしょうか。実証研究結果からは何が分かっているのでしょうか。
公務員には特定の政治的な信条に偏らない中立性が求められますが、それを人事面から担保するのが資格任用制です。資格任用制とは親類や有力者等からの推薦による情実任用ではなく、公務員試験に合格するなど客観的に示せる一定の資格、能力に基づいて公務員を採用する制度のことです。また、資格任用で採用された公務員は、政治的な影響力から保護し、中立性と専門性に基づいて職務に取り組めるよう、終身雇用等の身分保障が与えられていることが多いです。
公務員の資格任用制 (merit system)は現代日本に住む私たちにとっては当たり前のことですが、近代的な公務員制度が成立する前の19世紀のアメリカやイギリス等では、猟官制度と言って有力政治家が恩恵や選挙活動応援に見返りに公務員職を与える人事制度が主流でした(参考)。猟官制時代のアメリカでは警察官や消防士であっても政治任命で採用されました(参考)。
しかし、多くの公務員が政権交代や政治的な影響によって末端職員から上級職員まで総入れ替えするようでは大変です。時代の流れとともに官僚制度に専門性や行政の継続性が求められるようになりました。例えばアメリカでは1883年のペンデルトン法が制定され、公務員採用にあたって公開試験制度が始まり、情実任用ではなく資格任用による採用枠が徐々に広がりました。1887年にはウッドローウィルソン(Woodrow Wilson)がPolitical Science Quarterly誌から有名なエッセー"The Study of Administration"(行政の研究)を発表し、情実任用を終わらせ行政を政治と分離することの必要性を訴えています(Wilson 1887)。詳しい歴史は省きますが、近代公務員制度の成立とともに資格任用制は世界各国で取り入れられ、現在世界の多くの国々では資格任用に基づく公務員採用が主流になっています。
しかし、制度として資格任用制が存在しても実際問題として、公務員人事でどれだけ中立性が保たれているのか、政治的な影響やコネ等に基づく情実任用が行われているのかのか国によって異なり(参考, Dahlström & Lapuente 2017; Nistotskaya et al. 2021; Schuster 2017)、選挙で選ばれた政治家が民意を反映した政策を実行するために必要な政治任用枠の公務員も存在し、情実任用か政治任用の区分も難しいところもあります。
現代の日本で官僚・公務員の大半が突然身分保障を失い、解雇されやすくなることは考えにくいですが、実際に中南米、アフリカ、中央アジア等で公務員の採用・昇進にあたって、試験結果や資格等のような客観的な基準よりも政治的なコネクション等が重視される国は多くみられます (Nistotskaya et al. 2021) 。OECD諸国においても、公務員人事において政治的な影響力を増やそうとする動きもみられます。アメリカではトランプ政権以降、公務員を"影の政府"(deep state)の一員で統制が取れない集団と見なす論調等から公務員バッシングが高まり、2020年10月には大統領令によって多くの上級職公務員を「スケジュールF」と呼ばれる通常の公務員の身分保障や組合の保障を無くし、解雇しやすい身分に移行する改革案が提出されました。この大統領令を実施する前にトランプ政権は任期を終え、バイデン政権は2021年1月にこの大統領を取り消しましたが、その後何度も、Schedule Fの改革案を復活させようとする動きが見られています(参考)
日本では政と官の関係、公務員の政治家への忖度、政治的な中立性等が話題になりますが、そもそも、公務員が中立性を保てるような人事慣行を行うと、どういう結果になるのでしょうか。情実人事ではなく試験や資格等の客観的な事実に基づいた公務員の採用や昇進、身分保障を与える(例:政権与党の政治家や首長の意と反する意見を唱えても解雇されない)ことは、政府のパフォーマンスや社会全体に対してどのような効果をもたらすのでしょうか。日本のマスコミや論壇では殆ど紹介されていませんが、国際的な査読誌では公務員の中立性、身分保障、政治的な影響力、情実任用の効果等に関する実証研究は1990年代以降政治学、行政学、公共政策で積み重なっています(Brierley et al. 2023; Evans & Rauch 1999; Cornell et al. 2020; Dahlström & Lapuente 2022; Nistotskaya 2020; Suzuki & Hur 2023)
前置きが長くなりましたが、今回は私自身もメンバーであるアメリカ、韓国、オランダの3ヶ国からなる国際的な研究チーム(米インディアナ大特別名誉教授ペリー、ヒョンカン・フール准教授等)が行った公務員の中立性と政府業績に関するシステマティック・レビュー論文の結果を紹介します。
Oliveira, E., Abner, G., Lee, S., Suzuki, K., Hur, H., & Perry, J. L. (2023). What does the evidence tell us about merit principles and government performance? Public Administration. リンクはこちら
システマティック・レビューについては以前のNoteを参照ください。先行研究を一定の手続きに従って網羅的に把握する手法で、一つの実証研究だけではなく過去の複数の研究結果を体系的に整理して見て、何が明らかになったかなっていないのか、何が効果があるのかないのかを明らかにし、エビデンスに基づく政策形成やマネージメントを行うための重要なツールとされています(Petticrew and Roberts 2005). 日本ではEBPMに注目が集まっていますが、政治・公共政策分野のシステマティック・レビューについては残念ながら十分に知られていません。最近の行政に関する興味深いシステマティック・レビュー論文として例えば縦割り行政の弊害に関する論文 (Aoki et al. 2023)や市町村合併の効果に関する論文 (Tavares 2018))等があります。
私たちの国際研究チームは1991年から2022年にまで出版された英文による査読付き学術誌での1,000以上の実証研究論文をPRISMAガイドラインに基づいて体系的にレビューを行い、公務員が中立性を保つような人事慣行・制度(資格任用制(メリットシステム)、競争試験に基づく任用、実績に基づく採用・昇進、公務員の身分保障)はどのような結果と結びついているのかを明らかにしました。
詳しい研究過程は省きますが、merit system, merit recruitment, job security, tenure等の関連するキーワードによって、SCCIやSCOPUSといった一定基準を満たした査読誌データベースを検索し(参照:先行研究の見つけ方note)1,090の論文を抽出。その後、各論文の内容を精査して私たちの研究基準を満たすかどうか(英語で書かれているか、実証研究か、目的変数と説明変数が明確に定義されているかどうか 等)により、論文の絞り込み。また、データベース検索では必ず見落としが生じることから、複数の外部専門家によるチェック等も行い、最終的には96論文を体系的にレビューしました。対象となる論文は、政治学、行政学、経済学等、単独分野ではなく複数の学問分野を網羅しています。
レビューでは、出版年、出版された査読誌、研究手法(定性、定量、観察データ、実験データ等)、対象国、説明変数(資格任用制に関連する人事制度・慣行)、目的変数(説明変数によって影響された結果として現れる変数)の種類等を分類、分析し、最終的には、資格任用制に関連する人事制度・慣行がどのような結果と結びついているのか分析しました。
対象となる実証研究論文は150以上の国が含まれ、国や行政制度、文化が異なるのみならず、研究対象となる行政組織の規模やレベルも様々でしたが、多くの研究から得られる結果は類似しており、公務員の資格任用制、身分保障(終身在職権の保護)等といった人事慣行・制度の採用は、政府汚職の減少、政府の効率化や好業績、市民からの信頼、内部告発、公務員個人のやる気やモチベーション、組織へのコミットメント等、様々な好ましい結果と結びつきやすいことが分かりました。
もちろん、これらは相関性が高いことを示唆するに留まり、詳しい因果関係は個別の状況によりますし、因果関係も十分に解明されていませんが、あくまで過去の実証研究の積み重ねを見ていくと、公務員が中立性を保てるような人事制度や慣行を維持することは様々なレベルで良い結果に繋がりやすい、徒に職業公務員枠を減らし政治任用枠を増やせばよい訳ではないということが分かります。
対象論文等について詳しく知りたいからは筆者までご連絡ください。
Aoki, N., Tay, M., & Rawat, S. (2023). Whole‐of‐government and joined‐up government: A systematic literature review. Public Administration.
Brierley, S., Lowande, K., Potter, R. A., & Toral, G. (2023). Bureaucratic Politics: Blind Spots and Opportunities in Political Science. Annual Review of Political Science, 26, 271-290.
Cornell, A., Knutsen, C. H., & Teorell, J. (2020). Bureaucracy and Growth. Comparative political studies, 53(14), 2246-2282. doi:10.1177/0010414020912262
Dahlström, C., & Lapuente, V. (2017). Organizing the Leviathan: How the relationship between politicians and bureaucrats shapes good government. Cambridge: Cambridge University Press.
Dahlström, C., & Lapuente, V. (2022). Comparative Bureaucratic Politics. Annual Review of Political Science, 25(1), 43-63.
Evans, P., & Rauch, J. E. (1999). Bureaucracy and growth: A cross-national analysis of the effects of" Weberian" state structures on economic growth. American sociological review, 64(5), 748-765.
Kaufman, H. (1956). Emerging conflicts in the doctrines of public administration. American Political Science Review, 50(4), 1057-1073.
Kaufman, H. (1969). Administrative decentralization and political power. Public Administration Review, 29(1), 3 15.
Lapuente, V., & Suzuki, K. (2020). Politicization, Bureaucratic Legalism, and Innovative Attitudes in the Public Sector. Public Administration Review, 80(3), 454-467.
Nistotskaya, M., Dahlberg, S., Dahlström, C., Sundström, A., Axelsson, S., Dalli, C. M., & Pachon, N. A. (2021). The Quality of Government Expert Survey 2020 (Wave III): Report. QoG Working Paper Series, 2, 1-59. doi:10.18157/qoges2020
Nistotskaya, M. (2020). Quality of Government (QoG) as Impartiality: Review of the literature on the causes and consequences of QoG. KIPA Public Policy Review, 1, 25-49.
Petticrew, Mark, and Roberts, Helen. 2005. Systematic Reviews in the Social Sciences : A Practical Guide. Williston: John Wiley & Sons, Incorporated. Accessed July 29, 2020. ProQuest Ebook Central.
Rothstein, B., & Teorell, J. (2008). What is quality of government? A theory of impartial government institutions. Governance, 21(2), 165-190.
Schuster, C. (2017). Legal reform need not come first: Merit‐based civil service management in law and practice. Public Administration, 95(3), 571-588.
Suzuki, K., & Hur, H. Politicization, bureaucratic closedness in personnel policy, and turnover intention. Governance, 2023. doi:https://doi.org/10.1111/gove.12821
Suzuki, K., & Demircioglu, M. A. (2021). Is impartiality enough? Government impartiality and citizens' perceptions of public service quality. Governance, 34(3), 727-764.
Tavares, A. F. (2018). Municipal amalgamations and their effects: a literature review. Miscellanea Geographica, 22(1), 5-15. doi:https://doi.org/10.2478/mgrsd-2018-0005
Wilson, W. (1887). The study of administration. Political science quarterly, 2(2), 197-222.