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実証研究紹介14:英語と英語以外での理論・実証研究の蓄積を繋ぐ

このページでは自分の専門と関連する分野を中心に、最近の査読付き学術誌(英語)での社会科学の実証・理論研究結果について紹介していこうと思います。このようなページを書こうと思った動機は、日本での政策議論や論壇等で国際的な査読付き学術誌での実証・理論研究成果にあまり目が向けられていないと思ったからです。細かい内容紹介や訳出は時間の制約上できかねますので、この投稿が論文の存在を知るきっかけ程度になればと思います。紹介した論文の送付もできかねますので、ご自身で入手をお願いします。

前回の投稿で筆者のこれまでのアメリカ、スウェーデン、オランダでの経験から、どのように授業で先行研究の見つけ方、学術誌の選び方について教えられていることが多いかについて説明しました。

SSCI, SCOPUS, NSD, ESCI等の国際的な学術誌掲載リストについて触れましたが、一定の質を満たしていると考えられている国際的な学術誌での議論の積み重ねと発展で問題となるのが言語です。リストに掲載された査読付き学術誌の多くは英語で出版されており、編集者の立地する国の言語で出版されている学術誌は多くありません。

筆者の専門と関連する分野では例えば、行政学・公共経営では2019年のSSCIリスト掲載はトルコ語のAmme İdaresi Dergisi(Journal of Public Administration)やスペイン語でのメキシコの査読誌 Gestion y Politica Publica など僅かです。

SSCIではないですが、筆者が特集号を編集した Brazilian Journal of Public AdministrationはSCOPUSに掲載され、ポルトガル語と英語の論文を出版。政治学のSSCI掲載ジャーナルにも一定数、英語以外の言語での論文を扱う学術誌が見られます。

このように、一部での例外はありますが、SSCI, SCOPUS, NSD, ESCI等で掲載されている査読付き学術誌での議論の多くは英語で行われています。その一方で、日本語での学術研究議論については、日本語が理解できる研究者でない限り、その内容を知る機会をもてないのが現状です。しかし、それでは日本語で積み重なっている研究上の議論や知識が、日本語話者以外に広がらず、英語で行われている社会科学研究への発展への貢献とが限られてしまいます。

このことは、国際的な査読付き学術誌での社会科学の議論の発展にとって良いこととは思えません。こうした国際的な学術誌での議論は英語が主要言語のため、英語圏やオランダやスウェーデン等の準英語圏とも言える国ばかりが研究対象となりがちで、研究対象に偏りが出来てしまうからです。言語の違いによって、非英語圏での行政、政治、公共政策の理論・実証研究が、英語を主要言語とした国際的な査読付き学術誌での議論に反映されないのは大変残念なことだと思います。

例えば筆者の研究分野では対象が主に英語圏のアングロサクソン諸国とヨーロッパのいくつかの限られた国(デンマーク、オランダ等)に非常に偏っていることを問題視する意見が最近広がっています。この問題については、筆者が最近行ったメキシコ (CIDE)、ブラジル (FGV EAESP, FGV EBAPE)、韓国(ヨンセイ大学)での研究者・学生向けセミナーでも指摘しました。

今回紹介する実証研究は、先行研究を体系的に分析するシステマティックレビューの手法を使って、こうした非英語圏での学術議論と、英語での国際的な査読付き学術誌での議論の橋渡しをしようとする論文です。Asia Pacific Journal of Public Administrationに掲載されたB. Shine Cho, Won No & Yaerin Parkによる論文

Cho, B. S., W. No and Y. Park (2020). "Diffusing participatory budgeting knowledge: lessons from Korean-language research." Asia Pacific Journal of Public Administration 42(3): 188-206.

Cho et al. (2020)では行政の参加型予算をテーマとして韓国語で出版された査読付き学術誌での掲載論文93本(2003-2017年に出版)を体系的にレビューして、韓国語での参加型予算における議論の動向や得られた知見や実証研究結果等をまとめ、英語での国際的な査読誌における同テーマでの議論や理論・実証研究の発展に貢献することを試みています。

行政における参加型予算は1989年のブラジルのポルトアレグレでの開始以来、研究が発展し、理論・実証研究についてもかなりの積み重ねがあります。韓国においても同様に1990年代以降に参加型予算をテーマとした研究が増加しましたが、非英語圏での学術的な議論が英語圏での議論に積極的に取り入れられていない点をCho et al.は主張。韓国では2012年以降、全ての自治体は参加型予算を取り入れ、2018年以降には中央政府も採用したという実務の進展もあり、論文の目的を「韓国語で書かれた参加型予算の研究を体系的に文献調査し、参加型予算に関する知識の普及に貢献する」(p.189)としています。

論文では最初に、韓国語でのSSCIに相当する査読付き学術誌のインデックスであるKorea Citation Indexに掲載され2000-2017年に出版された学術誌の中から、「参加」「予算」等のキーワード検索を基に、979論文を抽出。その中から内容などを精査の上、93論文を最終的に分析対象としました。

分析では1)Gephiを用いたbibliometric network analysis(書誌ネットワーク分析)による引用パターンや議論の発展動向の分析、2)先行研究で使われている研究手法の分析、3)先行研究のテーマとトピックについて分析を行っています。

1)では最もよく引用されている韓国語での先行研究や英語での先行研究等から、韓国語での研究がどこの国や研究からの影響を受けて発展してきた川分析。

2)では先行研究における研究手法の分類を行い、3)では先行研究が対象とする主なトピックの分類(参加型予算の導入、実行、制度、結果、普及、その他)を行い、各トピックでの研究内容を紹介しています。

最後に結論として、参加型予算の国際的な査読誌での議論(英語)を目的に韓国語での先行研究結果から学べることを何項目にもわたって解説をしています。

筆者の知る限り、今回紹介した研究のように英語以外の言語での理論・実証研究の蓄積を体系的に分析し、英語の査読誌に掲載することで、より広範な理論・実証研究の発展に貢献する試みはまだわずかです。しかし、こうしたタイプの研究がより広がっていけば、英語での査読誌による理論・実証研究もより多様性を持ち、発展していくと思います。




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