『カメラを止めるな!』 忍耐の先に待つペイオフの充足感
『One Cut of the Dead』★★★☆。(4ツ星満点中、3ツ星半。)
監督および俳優養成スクール・ENBUゼミナール製作の長編作品が、単館上映で連日満員御礼という異例の人気を取得。口コミで公開館数が広がり、300万円未満で製作されたと言われる映画が億単位の興行収入を叩き出している。週刊誌で「盗作」の疑惑が持ち上がったものの、読み込めば「クレジット表記」の協議を要しているだけの模様。もはや社会現象と化しつつある、超話題作インディ邦画の登場だ。
[物語]
廃工場跡地をロケ地にして超低予算映画を製作する、とあるプロダクション。監督は主演女優の生半なパフォーマンスに哮り狂い、スタッフは疲弊し、撮影は長引くばかりの暑い1日。そんな中、メイク担当の女性が休憩中、主演陣にとあるウワサ話を語る。この廃墟、実は戦時中に人体実験が行われていたいわくつきのスポットだったそうで...。
[答え合わせ]
「最後まで席を立つな。この映画は二度はじまる」というポスターのタイラインが印象的な『カメラを止めるな!』。といっても、厳密には「三度はじまる」と言った方が正しい。あるいは構成上、「三度終わって四度はじまる」と言っても過言ではない、かもしれない。
話題の火付け役となった、37分間のワンテイク。
ホワイトアウト後の新編。
つづく正式なオープニング・タイトル。
そして、本編の中の本編。
「最後まで席を立つな」と諭しているのは、それら物語上のリセットボタンの先に、本当の楽しみが待っていることを鑑賞者に知って欲しいからだ。そのタイラインが示す通り、待つことが務めとも言える物語構成ではある。
ノンストップなホラー映画「............を撮ったヤツらの話。」で終わるシノプシスの文言も、言い得て妙な紹介だ。物語上の種明かしの回避を前提としたこの解説も、切り上げどころが的確。通例にない展開で進む作品だということをよく理解した文言だから、未見の知人に口コミを施すなら参考にすべきだろう。
そんな特異な作品の行く着く先を、じっと待ちながら鑑賞し続ける、忍耐。
ハードルは高い。
けれどその甲斐を、この超低予算映画ははっきりと実感させる。
各所で賞賛されている通り、『カメラを止めるな!』は伏線の回収に最適なプレミスを打ち立てて、ひとつずつ処理していく逆算の脚本術で組み立てられているからだ。
ペイオフの充足感は、どんな物語にも共通するバリューだろう。2時間前後で完結することを要求される映画ならば尚更のこと、布石の打ち方と、それらを作中で活用し帰結させることへの要求度は高い。時間が限られているからこそ、スムーズで効率的な要素の盛り込み方が評価の尺度になりうる。
そんな中、ジョージ・A・ロメロ監督が打ち立てたゾンビ映画のスタンダード『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』や『ゾンビ』、そしてそれらにいくつもの捻りを加えてきた『ショーン・オブ・ザ・デッド』などのサブジャンル作品と『カメラを止めるな!』との間で通底するのは、「閉鎖空間」で「限られたキャラクター数」と「設定」を使い切る経済性。
ジャンル映画に限った話ではない。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『ジョーズ』や『スター・ウォーズ』などの往年のハリウッド・ブロックバスター群をはじめ、『ゴッドファーザー』や『市民ケーン』などの古典的ドラマ作品に到るまで、「物語手法の経済性」は語り手の技術力の高さを推し量るのに、万国共通の基準なのだ。
『カメラを止めるな!』は、そんな作品たち同様に、称賛を受けて良い一作だ。構成、脚本、そして演出を通して開示される情報が無駄なく消費されている。そう言えることは、映画にとっても最上級の賛辞だろう。
もちろん、完全無欠な作品というわけにはいかない。確実に忍耐を要する序盤の展開、暗転と仕切り直しの多い編集、展開を理解するのに支障をきたすレベルの録音技術、チープな劇伴音源、オマージュと言うには憚られるほどのコピー伴奏でJackson 5を想起させるエンディング曲など、低予算映画とは承知の上でも、言えることもある。
しかし、そんな指摘など不公平と思えるほどに、巧みに作られた長編映画だと言っておかなければ、バチが当たる。
必ずしもウェルメイドな映像美を追求する作品だけが映画ではない。映像的な物語の伝え方を理解し、実践する作品こそが良い映画だ。そんな鉄則を証明してみせる、邦画インディ・シーンの金星というべき一本。
[クレジット]
監督:上田慎一郎
プロデュース:市橋浩治
脚本:上田慎一郎
原作:N/A
撮影:曽根剛
編集:上田慎一郎
音楽:永井カイル
出演:濱津隆之/真魚/しゅはまはるみ/長屋和彰/細井学/市原洋/山﨑俊太郎/大沢真一郎/竹原芳子/浅森咲希奈/吉田美紀/合田純奈/秋山ゆずき
製作:ENBUゼミナール
配給(米):N/A
配給(日):アスミック・エース=ENBUゼミナール
尺:96分
北米公開:2018年8月18日(Premiere)
日本公開:2018年6月13日
鑑賞日:2018年8月18日17:50〜
劇場:Japanese American Museum / Japan Film Festival
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