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完成型の進化形態『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』ほか3遍

『The Wonderful Life of Henry Sugar』(2023) ★★★★。

「ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語」を皮切りに、ウェス・アンダーソンがロアルド・ダールの原作児童書を映像化。4日にわたって4本の短編が『白鳥』『ネズミ獲り男』『毒』の順にNetflixにて配信されており、視聴の順番もこの並びでいくのがトーンを鑑みるに順当だろう。「ヘンリー・シュガー〜」が39分ともっとも長く、残りの3作はいずれも17分と短い。4作合わせて総尺80分のアンソロジー映画とみなすのも良い。

舞台劇のような作りをしている。レイフ・ファインズがダール本人役として語り部になることに加え、中心人物となるキャラクターの語りがすべて朗読調であること。そして数名の俳優たちで主要キャラクターをすべて兼任していること。さらには介錯役まで画面上に登場すること。これが、ウェス・アンダーソンのアイコニックな演出スタイルにさらなる捻りを加えてくる。

彩り深い舞台セットと、大掛かりな大道具・小道具や美術の転換はフレームに新鮮さを欠かさない。カメラワークは真上から覗き込むこともあれば、超望遠カットではアニメーションを使用することもある。毎度ながら、フレームそのものからユーモアが染み出してくるようだ。

4作揃って何よりも輝かしいのは、主演陣のパフォーマンスそのもの。レイフ・ファインズ、ベン・キングスレー、ベネディクト・カンバーバッチ、デーヴ・パテル、リチャード・アイオアディ、そしてルパード・フレンド。早口で淀みなく長大なモノローグを披露する彼らの俳優としての技術力と引き出しの多さが、とにかく見もの。いずれの短編にも末尾の注釈で、ダール執筆の背景やインスピレーションなどが添えられていることもアクセント。ダールのダークな児童文学の裏側にも関心を持たせてくれる、原作尊重の末に朗読劇となったと想像させる、アンダーソンの完成・進化形とも言える短編集。

以下、残り各作品について一筆ずつ:

『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』

『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』
著者ダール本人からはじまり、作中のヘンリー・シュガーが図書館で見つけた本に入り、その筆者である医者が聞いた老人の話におよび、最後には老人にヨガの教えを授ける男の口伝に至る、という入れ子状のストーリーテリングがハイライト。物語の中の物語へ入るたびに、4枚目の壁を破ってカメラを直視するキャラクターたちの真顔が笑いを誘う。ベネディクト・カンバーバッチの早替わりと自在なパフォーマンスは脱帽。気持ちの晴れる物語。

『白鳥』

『白鳥』
4遍の中でも一段と詩的。イジメやイジワルがつきものなイメージのダール作品でも、ホラーとさえ言える強烈な悪事が重なる。その凄惨さを、ルパート・フレンドの1人全役のナレーションとパフォーマンスが軽快に、笑いまで引き出しながら語る。終盤へ至ると壮絶さが増していき、幕引きの曖昧さにあらぬ疑念まで抱く。ピーター少年はどうなったのか。不思議な余韻を残す一本。

『ネズミ獲り男』

『ネズミ捕り男』
末尾の注釈通り、地元の出来事を種にして執筆された短編、という意味では物語的な結論などなくても良い。しかしこれはどこまでが現実か考えはじめると奇怪極まりない、水木しげるの妖怪話のような不条理さや、いい意味での間抜けた印象がある。レイフ・ファインズの役者ぶりと、ネズミのアニメーションが見どころ。

『毒』

『毒』
何が目的の物語か、わからなくなる滑稽さ、緊張感、驚き。終演時の呆気なさもまた、魅力。その際の医者役のベン・キングスレーの物悲しい表情も、切なさに溢れていて絶妙。従軍時に死した友人の名をキャラクターに冠していると言う点でも、ダール的な黒さと奇っ怪さが印象的な小噺。デーヴ・パデルの朗読が、上手い。

(鑑賞日:2023年10月13日@Netflix)

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