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博士論文2022年6月の報告書。

今月は行ったり来たりが多かった。いくつか受賞などの成果が出たりもしたが、成果はあんまり慰めにはならなかった。必要なのはもっと手触りのあるもの。

今月やったこと。

1. 人生初めてのラジオ出演(radiko)

J-WAVEのラジオ番組に出演。生まれて初めての公共放送。ヘッドフォンを被りマイクに話すというやつをやった。自分の声と相手の声がヘッドフォンから聞こえてくる不思議な体験。ヘッドフォンで電話している時自然と声が大きくなるように、周囲の反響がないぶん、声が出しやすい。のだが、聞いてみると案外掠れるような声で「あら」と思った。もう少しはっきり話さなければ。

出演テーマは世の中に色々とあるVR的なものについて。茶室や極楽などにもVR性を見出しながら様々に議論。改めて聞くと、もうちょっとラジオの外で聞いている人に配慮した話し方をすればよかったと思う。強弱とかテンポとか。特にちょっと難しい話はリズムが大事かも。話の構造や話しているそのテキストをもうちょっとイメージしながら話せた方がよかったかもしれない。編集点といわれるものの重要性もちょっとわかった。今回は何も考えずに話し続けてしまったので後からの編集は大変だったろうと思われる。

今日の深夜までまだ見逃し配信まで聴けるほか、本日(6月30日)の夜にも出演します。

2. 第41回昭和池田賞にて優秀賞受賞

2月と3月のマガジンで内容含め報告していたアカデミアについての論考が、第41回昭和池田賞にて優秀賞を受賞。ありがたい。なんだかリアリティがないことも確か。手応えのリアリティとは何か。ラジオ出演や受賞などをきっかけに色々と考え込む。

3. スタジアム視察

スタジアム研究の一環で埼玉にあるスタジアムの視察に行った。運営の動線やドーピングルームなどの裏側、VIPルームなども全て案内してもらい、スタジアムに対する理解度が大変高まった。

4. スタジアム2万字レポート

上記の視察を通して知ったことや考えたことをレポートにまとめた。まだ文章のみでレイアウトはこれからだが、テキストだけで2万字ある。今治のスタジアム視察のレポートは5日間で3万字だったが、今回は1日で2万字。無駄が多いのか、知らないことが多すぎたのか。

5. 共同研究の取りまとめ始め

主導しているとある共同研究の報告レポートのレイアウトを作り始め、ひとまずほとんど作り終えた。色々やり方はあると思うのだが、修士論文以来、きちんとレイアウトしたい時には紙に絵コンテのように書いていくことから始める。今回はこの絵コンテをひとまず作り終えたということ。

6. 博論の文章まとめ始め

4月のレポートなどで博論の構成を作成したことを報告し、5月では文章にしようとしたところ既往研究の調査が膨大に追加で必要になりカオスを極めたことを報告した。6月こそ文章にまとめる気でいたのだが、いざ文章にしていくとどうにもリズムが悪いことがわかった。端的にいうと説明的でつまらなかった。構成だけの時は頭の中で自然と退屈な部分を飛ばせるのだが、いざ文章にしてみると導入部分が退屈だった。

そういうこともありちょっとうんうんと構成を考え直していたら6月が終わった。ところで僕の博士論文はかなり特殊である。普通は何本かジャーナルを出してそれをまとめて博士論文にする。僕の場合すでに3本全文査読付きのジャーナル(日本建築学会計画系論文集、通称「黄表紙」)を通しているし、他にも2、3本梗概査読付きの論文を書いているので、これをまとめればまあ普通に博士論文にはなる。それをまとめるだけなら1ヶ月もあれば終わる。つまり10月くらいから本格的にやれば十分間に合うことになる。しかし僕の場合、結果的にジャーナルを通した研究とは違う研究で博論を書いているわけなので、こうも大変になる。つまり普通は様々な雑誌などで発表した論考やエッセイをまとめて一冊の本とするところが、全文書き下ろしになっている。せっかく3年もかけて博士にいったのだから、納得のいくものを書き上げたいと考えていたらこんなカオスになった。

ところでVRの研究で本当にVRだけを研究している人は多分そんなに多くない。マジョリティはむしろ、VRの研究を通して身体についてもっと深く知ろうとしたり、アバター研究を通して人の心について深く知ろうとしたりする。すなわちVRによって既存の問題系が変容し展開されていくのが面白い。建築で言えば、VRにおける空間を、人の滞在空間でもあると捉えた時そこではどんな設計が可能か?という問いが設定できる。例えば重力のない空間、あるいは自分の身体ではなく妊婦の体になって知覚する空間など。そこではどんな空間の概念が生まれるか、あるいは空間とはなんなのか。これがちょっと進んだ研究の問題系。

なぜか僕はひねって、VR空間はむしろ過去にもずっとあったのであり、「VRにおける空間(体験)とはどのようなものか?」という問いはむしろ、最近のHMDの中だけじゃなく過去の浄土庭園や茶室の中にも見出せる、と言っている。つまりVR空間とは?という問いは新しいものではなくむしろそれ自体が既存の問題系だと言おうとしているわけである。これがひねりの1段階。

VR空間とは何かという問いは既存の問題系は基本的には既存の問題系であるという前提で整理していき、その上でVR空間が都市の中にテクノロジーによって氾濫し始め互いに干渉し始めた状況こそ考えるのに面白い状況なのだと捉えて考察している。ここで2か3くらい構成がひねられていて、このあたりが論文としての誘導と構成の難しさなのだ、と最近気がついた。

だから逆に言えば、まずVR空間とは一体どのようなものか?という問いを明確にしつつ整理して、次にそれが都市に溢れたら?という問題系で分析を進めるという順序の切り分けをすればわかりやすくなるはずである。と改めてそんなことをウンウンと考えて思いついたあたりで6月が終わる。

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旧「2023年3月に博士論文を書き上げるまで」。博士論文を書き上げるまでの日々を綴っていました。今は延長戦中です。月に1回フランクな研究報…

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