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香りと夢〜「きく」と「みる」の違い

香道というものを、はじめて体験した。

まず香木や作法について簡単にお話を聞いた後で、組香という作法で実際に香道を体験する。およそ90分ほどの体験会。

組香は、簡単に言えば香りを当てるゲーム。

香りだけを楽しむ場合は「聞香(もんこう)」という。香りを「かぐ」とも「におう」とも言わない。香りを「聞く」という。

組香のなかの「時雨香(しぐれこう)」というやり方で体験した。順番に5つの香りを聞いていき、その後問題として提示される2種類の香りが何かを当てる。

5つのそれぞれの香りは、時雨の情景を詠んだ「木葉ちる 宿は聞き分く 方そなき 時雨する夜も 時雨せぬ夜も」という歌をモチーフにして名付けられる。一番目の香りを「木葉ちる」と呼び、二番目を「宿は聞き分く」という具合。三番目は「方そなき」。

席に座る。出題者のような人が一人と、記録係が一人。ほかに解答者が7人。今回はそういう構成。道具は畳のラインにあわせてきっちりと置かれている。

部屋の中心を囲むようにぐるっと人が座っている。いかにも作法がある感じでご挨拶のようなものがあり、出題者が「ご安座」というと出題者の左隣の人は足を崩してよく、その人はまた自分の左隣に「ご安座」という。このように出題者が発した言葉を時計回りに伝言してゆくのが作法。

時計回りに言葉をつたえていく

次第に香炉の準備がととのい、包みから香木を出して香炉に載せ、たいていく。香木を温めて香らせるのだ。

はじめの香りは「木葉ちる」。出題者は左隣の人に「木葉ちる」といって香炉をわたす。その人は作法通りに三度香りをきいたら、隣の人へ。「木葉ちる」と伝えることも忘れない。

香りを聞くときは、左手で香炉をもち、右手でドームをつくってそこに香りをためて聞く。聞いたら、吐いた息で灰が顔にかからないよう少し離して息をはき、またきく。これを三回繰り返す。

僕は一番最後。香炉が順番にまわされていく。待つあいだ、しだいに何かの香りがしはじめた。

香炉の香りがここまできているのか、と思ったが、香炉に鼻を近づけると全然違う香りがした。距離がはなれていくなかで香りは変わって香ってきていたのか。あるいは換気のために薄くあいた窓から、何かの香りが入ってきたのか。答えは誰にもわからないだろう。

一つ目の香炉から香る「木葉ちる」は木の皿で羊羹を食べている時の香りをイメージした。甘い羊羹の香りに木の皿の香りが混じるような感じ。次の「宿は聞き分く」は甘いバターみたいな香りがする。洋物っぽい。華やか。三番目は「方そなき」。一応香りはするけれどなんのイメージもわかなかった。四番目の「時雨する夜も」は暖炉の香り。薪の香りを少し華やかにしたような。五番目の「時雨せぬ夜も」はやや四番目に近いが、暖炉のような温かい香りが弱く、鉄っぽいような香りがする。

次第に、空間にいろんな香りが入り乱れている気がする。それぞれの香りは、香炉から立ち上がる香りとも違う。複数の香りはときおりばらけて、ときおり一つの香りになる。香道のなかで、僕が一番楽しかったのはその瞬間。香炉が順番にまわっているから、みんな違う香りをかいでいる。空間には複数の香りが行きかっている。香りが花束のように空間のなかを行きかいながら満たしている。

第1句から第5句までまわったら、何の匂いかわからない2つの香りが「出香」という言葉ととともに回される。

ひとつめの香りがはっきりとはわからなかった。「方そなき」か「時雨する夜も」のどちらかであることはわかるが、香りがやや弱く、「時雨する夜も」を弱めに香らせたらこうかもしれない、という感じ。しかし何度か聞いていると、暖炉のイメージはやってこず、「何のイメージもわかない感じ」が去来した。鉄っぽさも甘さもない。まあ「方そなし」だろう。

二つ目の香りは明らかだった。バター。「宿は聞き分く」である。

回答を紙に書き、記録係に集められる。その後記録係が成績表をつける。二つともあっていた。優勝。うれしい。

記録表。ちなみにこの紙は、一番よく当たった人がもらえる。この紙の巻きかたにも作法がある。まず右手と左手で端を合わせたら、右手を筒の中にいれたまま左手で紙をまき、「時雨香の記」の文字がすけて見える側を正面として、反対側を内側に折ってとめる。

「宿は聞き分く」は全員わかるに違いないとすら思っていたので、少し不思議な感じがした。一つ目の「方そなし」はたしかに微妙な気がする。それでも結果はこうなので、案外嗅覚は敏感なのだろうか。かなりの初心者問題のようだが、最初から二種類あてるのも大変だそう。これが問題が10問一気、とかになるとしんどいだろう。おばあさんの話だと、音階で香りを覚える人もいるそう。奥が深い。

しかし香道は勝負ではなく香りを楽しむもの。「え~?なんだろう」と必死に思い出すからこそ楽しい。そして皆が同じ空間にいながら、話し合わないのがいい。誰かと話せば雑音になる。実はときおり、出題者が挟む作法の説明などで意識がとぎれて、なるほど確かに「聞く」なのだと思った。

香道の体験会の、最初の説明会。香道の歴史や香木について学ぶ。
香木。木自体はほとんど無臭。樹脂が溜まると左上のようなものになる。詳しいメカニズムは謎らしい。
香道をする空間。あんまり空間的な特徴はなく、和室でもOKらしい。香道は、60人規模などもあるという。
お香の道具。高い。ひとつ数十万とか。
絵柄がある場合、ひとりの絵が正面になる。まず正面を向く香炉をうけとり、反時計回りにくるくると回して相手方に正面をむけたあとで、香りを聞く。その後時計回りに正面をもどして、左隣の人へ渡す。
香炉。柄なしバージョン。その場合は、灰の部分の正面の目印となる太い線を足のでっぱりにあわせてひき、それを正面とする。
香炉を整える道具も高い。まず灰の山をつくり、表面をぺたぺたしたのち、周りを綺麗にして、棒で線をつける。太い線が中央。下の一人だけの絵の正面と一致する。ここが正面になる。中央の穴は炭団の熱が伝わるようにあける。手を当てると確かに筒状の熱をかんじる。
開けるとこんな感じで炭の練り物(炭団)がでてくる。やはり冬は冷めたりするので、埋める深さで熱源調整。香りの立ちがよわければ、銀葉という香木を載せる板をおしつける。炭団と香木が近すぎると燃えたような香りになる。
炭団。炭のねりもの。たどんとよみます。触ると軽石の重い版みたいなかんじで、手にちょっと炭がつく。昔はヒミツの製法でつくられるようなものだったらしい。
床の間。掛け軸は香りの十の効用がかかれているものらしい。
香りを邪魔するので、床の間の花は造花。
部屋の中には、さらにきちんとした作法でやるときの道具がおいてあったり。

今回の体験は麻布の香雅堂さん。普段なかなかなじみのないの日本文化に触れられるいい機会だった。おすすめです。

ところで香りは聞く、という。夢はみる、としかいわない。夢をきくとも夢をかぐとも言わない。なぜだろう。

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旧「2023年3月に博士論文を書き上げるまで」。博士論文を書き上げるまでの日々を綴っていました。今は延長戦中です。月に1回フランクな研究報…

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