研究者のアイデンティティ(2):Inouye & McAlpine (2019)の感想
今回の記事では,研究者のアイデンティティ(Researcher Identity)にかかわって,執筆活動とフィードバックに関するレビュー論文を紹介します。
紹介する論文はこちら:
Inouye, K., & McAlpine, L. (2019): Developing academic identity: A review of the literature on doctoral writing and feedback. International Journal of Doctoral Studies, 14, 1-31.
雑誌名は『International Journal of Doctoral Studies』なので,高等教育領域,特に博士課程の学生を対象とした研究です。
タイトルにもあるように,研究者アイデンティティと執筆活動・フィードバックとの関係に関する研究を整理した論文です。
要約(機械翻訳をちょっと手直し)
目的
このシステマティックレビューは、1997年から2017年の間に査読付き英文ジャーナルに掲載された博士課程のライティングとフィードバックに関する文献を統合し、これらのトピックがどのように理論化され、アプローチされてきたかを明らかにするものである。その目的は、その文献が博士課程学生のアカデミック・アイデンティティの発達をどのように特徴づけているかを検証し、先行研究を支える概念的関係をよりよく理解し、新進の研究者を支援するためのライティング、フィードバック、アイデンティティに関する研究を前進させることである。
背景
博士課程におけるライティングとアイデンティティの発達に関する研究は、過去20年にわたって高等教育における研究の焦点となってきた。アイデンティティ開発の場として、書くこと、そして書くことに対するフィードバックは、博士課程の成長の中心である。
方法論
システマティックな検索の結果、887件の文献があり、そのうち579件の抄録を読み、文献の数を95件に減らした。これらの95の全文論文をレビューし、37の研究が包含基準を満たした。頻繁に引用される論文が特定され、3報が最終的なコーパスに追加され、合計40報となった。(制限事項として、英語論文への制約、書籍、書籍の章、学会論文の除外がある)。全40論文は、アカデミック・アイデンティティの定義、理論的枠組み、研究背景、主要テーマについてオープンコード化された。
貢献
本稿は、博士論文の執筆とフィードバックに関する最近の研究の根底にある、アイデンティティ開発に関する理論的視点の包括的分析に貢献するものである。本論文は、この文献がアイデンティティに対して社会文化的なアプローチをとっていること、つまり、社会構造や相互作用によって形成されると考えられていることを実証している。このレビューでは、ライティング、フィードバック、アイデンティティの間に複雑な関係があることも確認され、博士課程の学生が、実践において研究者であることの意味や、関連する言説コミュニティにおいて研究者らしくコミュニケーションする方法について学ぶために、ライティングに対するフィードバックを活用し、それによって研究思考を前進させ、ライティングや研究実践に対する批判的な考察を促している。
調査結果
レビューの結果、文献は主に社会文化的視点に基づいていることが明らかになった。つまり、ライティングとフィードバックの反復的なプロセスとして定義されることは少ないが、学問的アイデンティティの発達に関わる集団の実践というレンズを通して、ライティングとフィードバックを検証している。私たちは、この視点から生じる2つのギャップに注目した。1つ目は、フィードバックを求め、利用することに関する主体性の個人差への関心の欠如である。もう1つは、博士課程の進歩の中心であると考えられている批判的思考に対するフィードバックの潜在的な影響である。
今後の研究
今後の研究では、アイデンティティの構築における個人の主体性の役割に光を当てるために、アイデンティティの発達に対するさまざまな理論的アプローチを採用することが考えられる。学生がどのようにフィードバックに反応し、影響を受ける(あるいは受けない)かというプロセスに焦点を当てた今後の研究は、フィードバック、ライティング、研究思考の発達―これらすべてがアイデンティティの発達に寄与する—間のつながりを明らかにする上で有用であろう。
感想
研究者アイデンティティ,執筆活動,フィードバックに関わりがあるのだとすれば,
「研究者としてどのように生きていくか」という問いの中には,
①どんな文章を書いていくのか(書かないのか),
②どんなフィードバックをもらうのか,
という問い(?)が含まれていると言えるのではないかと思います。
(1)書くこと
(a)オリジナルな文章を書くこと
今回紹介した論文は博士課程の学生を対象とした文献のレビューでしたが,博士課程の学生に限らず,書くことは研究者の中心的な活動と言えるでしょう。
一人の独立した研究者として,他の人が書けない文章を書くこと。
このことが,研究者アイデンティティに関係していることは容易に理解できます。
今後,何を書くのか(または何を書かないのか)は,自分の研究者のアイデンティティに関わるものなので,丁寧に検討したいものです。
(b)書くことと考えること
書くことが研究者アイデンティティに関わるということは,考えることが研究者アイデンティティに関わっているということでもあります。
もちろん他の人が考えられないことを考えるからこそ,他の人が書けない文章を書くことができますし,他の人が書けない文章を書くからこそ,他の人が考えられないことを考えられるのでしょう。
研究者の思考方法や執筆のコツについての書籍はいくつか読んできましたが,今回紹介した論文も含めて,実証的な論文を読んで,研究者の執筆活動・思考について整理するのは楽しいですね。
これからもちまちまと関連文献を読んでいきます。
(2)フィードバックを受けること
(a)指導教員からのフィードバック
私の場合,大学院時代の指導教員からのフィードバックは,文章をより良いものに推敲していくことに大いに役立ちました。
私の文章がすべて真っ赤になり,姿を消したことももちろんあります。
指導教員の書いた文章と自分の文章を見比べて「何がわるいんだ」と反省をしたこともあります。
しかしながら,私の研究者としてのアイデンティティの形成に関わったかと言われると,YESとはなかなか言い切れないです。
ただし,研究論文を書いていく過程で,その研究テーマや研究方法を採用する研究者が有している認識論的,方法論的な立場について学んだことは確実です。
「ああこれを指導教員に質問しておけばよかった」と後悔することがたまにあります。
指導教員と共同で(?)文章を書くことは,今思えばとても貴重な勉強の機会でした。
(b)読者からのフィードバック
私の場合あまり多くないのですが,論文を読んでくださった方からフィードバック(感想)をいただくことがあります。
幸いなことに,それらはどれもポジティブなもので,執筆の苦労をねぎらい,今後の研究の励みになるようなものでした。
正直なところ,私は,読者からのフィードバックを期待して論文を書いたことがありません。
ですが,心の中では何かしらの反響を期待しているのかもしれません。
私のような隅っこに生きる者も含めて,研究者たちは,誰かに届けと願って,論文という手紙をガラス瓶に詰めて知識の海へと流すのでしょう。
もしも砂浜でくつろいでるときにガラス瓶を拾い上げたなら,その手紙を丁寧に読みたいものです。
そして,もし可能なら,手紙に書いてある連絡先に,何か少しでもポジティブな返事を書きたいですね。
感想にすらなっていないですね。すみません。
1日遅れの投稿。いかんいかん。
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