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人権を持った人間の邪悪さに対して、人間が作ったルールは無力
人類が築き上げてきた数多くのルールや制度は、私たちの社会をより公平で安全なものにしようという願いのもとに作られたものです。
共同生活を送っていく上では決まりが必要です。
「犯罪」と言うものも人間が決めたルールにしかすぎませんし、それ以上でもそれ以下でもないですが、それでも守るべきルールとして存在します。
ルールは所属している共同体ごとにある程度の柔軟性を持たせた方が使いとしての私たちにとって便利に運用することが出来ます。
日本では絶対に守らないといけない憲法というものがあり、その憲法の範囲内で運用をしやすいように法律を創っていきます。
一番小さなレイヤーでは友人同士のルール、例えば「私たちのグループでは待ち合わせに遅れた人がいたらフラペチーノをおごる」、みたいなモノを作ったりすることもあるでしょう。
これも、その友人同士が円滑に過ごしていくために作ったルールなのだと思います(過去待ち合わせに遅れつづける友人がいたら出来そうなルールですね)。
そして、このルールに加えて、私たち人間、少なくとも日本ではは生まれながらにして「人権」という最強の権限を持っています。
当たり前に日々教授しているので忘れがちですが、ものすごく強い権限です。
多くのルールは「人権」を尊重するように作成されています。
そのため、時にそれらのルールが、人間の邪悪さや利己主義の前に無力であることがあります。
例えば、最近聞いた話で、海外のディズニーランドでアトラクションの待ち時間を短縮するために、障害者を雇うという手口が存在すると聞きました。ツアーで行くよりも安価に、そして早くアトラクションを楽しむために、障害者の特権を悪用するという行為が行われているようです。
このような行動は、制度やルールが意図した「障害者のためのサポート」を完全に踏みにじるものであり、人権が商品として取引される状況を示しています。
このようなケースは、残念ながらディズニーランドだけに限ったものではありません。
企業では、雇用制度の盲点をついて、非正規雇用者に過剰な労働を強いながらも、法律のギリギリの範囲内で運営を続ける企業があります。これにより、企業は正規雇用者に対して支払うべき福利厚生費用を節約し、利益を最大化する一方で、労働者たちは疲弊し、最終的には無力な立場に追いやられる場合もあるようです。
このような行為もまた、人間の邪悪さがルールを巧妙にすり抜けている例の一つです。
やっている側は大っぴらに言わないので大きく周知されることは少ないですが、こういった事例は知らないところで行われているでしょう。
これらの例に共通するのは、人間の利己的な本性がルールの範囲内で悪用されているという点です。制度やルールは、社会をより良くするためのものでありながら、結局のところそれらを悪用する人々によって無力化されることがあります。
これは「人権」を持つ「人間」が、他者の権利や利益を犠牲にしてでも、自らの利益を追求するという冷酷な現実を浮き彫りにしています。
私たちの社会は、単にルールや制度を設けるだけではなく、それを正しく運用し、悪用されないようにするための倫理観や教育が求められます。
この倫理観と言うのは過去は「学校」や「マスコミ」がになってきていたように思います。
私個人としては「マスコミ」は嫌いですが、「マスコミ」が倫理観というものを醸成してきたというのはある種あったと思います。
「電車で足腰の悪い人に席を譲る行為」は「ルール」として明記されている場合は少ないですが、それでも「いい事」という倫理観が私たちの中にはあります。こういったものも「マスコミ」が「街で見かけた良いこと」みたいなコーナーで紹介し、出演者たちが「すごーい!」「なかなか真似できないですけどやっていきたいですよね」などと言えば「いいこと」としての倫理が育っていきます。
学校教育もそうでしょう。私たちは「使ったところはきれいにして帰る」という倫理観のようなものが当たり前のものとしてあります。
これも「義務教育での教室の掃除」と無縁ではないと思っています。自分たちが使ったところは自分たちで掃除をするという、算数や理科といった教育ではないですが、これも立派な教育だと思います。
しかし、残念ながら、こういった機構は少しずつ崩れていっています。
スマホを手に入れ、みんながインターネットにアクセスできるようになり、「共通の情報源」と言うものが薄れてきています。
今後ですが、明文化されたルールが増えていくのは仕方がないのかな思ったりしています。