8-3 心不全治療薬
心不全
心臓は、ポンプとして、十分な血液を、全身や肺に送り出すために、重要な臓器である。
「心」臓が「不全」とは
不全とは、国語辞典では不完全とか不良、という意味である。
心不全とは、心臓の機能が低下することによって、心臓が全身の各臓器が必要とする血液を、十分には送り出せない状態をいう。
日本循環器学会の定義では、「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」、とされている。
つまり、
「心臓が悪い」・・・心臓のポンプ機能が低下して、全身の臓器に必要とする血液を十分に送り出せない
「息切れ」・・・左心不全から、肺うっ血のため、呼吸困難が起きる(肺を環流した血液が左房へ戻るが、左心不全のため、肺で血液が滞っている状態)
「むくみ」・・・右心不全から、体循環のうっ血のため、むくみが起きる
「だんだん悪くなり」・・・進行性の疾患である。急性増悪を防ぎ、進行を緩やかにして、心臓機能を保護するためには、治療の継続が重要。
心不全の症状
心臓は、全身や肺に血液を送り出している。
左室→(全身)→右房
右室→(肺)→左房
右心不全では、右室から血液を送り出せないため、その前の段階に血液が滞留するため、体循環がうっ血する:浮腫、体重増加など
左心不全では、肺に鬱血が起きることで、息切れや呼吸困難が起きることに加え、全身に十分な血液を送り出せないため、虚血状態になる。
心不全では、左心不全か、右心不全のどちらか、または、両方ともに不全状態になる場合もある。
急性心不全の薬物治療
心不全は、大きく分けると、急性心不全か、慢性心不全かの二つに分けられる。
急性心不全は、急激に心臓の動きが悪くなり、呼吸困難などの症状が現れる状態である。
薬物治療では、命を救うこと、速やかに症状を改善させるために行う。
呼吸を楽にするための酸素投与に加え、心筋収縮力を増強させるために、強心薬を使い、体液量を減少させ心負荷を軽減するために、利尿薬を用いる。
速やかに症状を軽減するため、注射薬での治療が主となる。
それに加えて、原因疾患の治療を行う。
原因疾患には、虚血性心疾患や心筋炎、心臓弁膜症、不整脈がある。
慢性心不全の薬物治療
慢性心不全は、心不全の状態が続いていることである。病状は、悪化と回復を繰り返しながら、徐々に進行していき、やがて、安静にしていても症状がある状態になる。
薬物治療の目的としては、心不全のステージの進行を食い止めることである。
検査施行時の左室駆出率 LVEF(左室の収縮力)によって、分類される。
※LVEF は心エコー検査などで、調べられる
治療薬の選択が異なる。
・HFrEF(ヘフレフ)・・・LVEF の低下した心不全
左心室の収縮する力が低下している
拡張型心筋症などの心筋疾患や、冠動脈疾患
→HFrEF には、心不全の悪化を遅らせる薬を用いる
・HFpEF(ヘフペフ)・・・LVEF の保たれた心不全
収縮する力は低下していないが、左心室が拡張期に膨らむことができない、もしくは、膨らむのに時間がかかる拡張不全
背景因子:高血圧、心房細動、冠動脈疾患、糖尿病、肥満など
→HFpEF には、利尿薬を用いて、心臓の負担を軽減する治療が行われる+合併症に対する治療
・HFmrEF・・・LVEF が軽度低下した心不全
→HFmrEF には、各病態に応じた治療が行われる
心不全の悪化を遅らせる薬の使い方が、近年、変わってきている。
心不全の薬物治療
まずは、おおまかな、心不全の薬物治療のイメージを示している。
馬が荷物を引いて、坂を登っている。馬が心臓であり、全身に血液という荷物を運んでいるとイメージして欲しい。
慢性心不全は、馬が老馬で、疲弊しているため、荷物をひいて、坂を登れない状態である。歳をとると、今後、ますます、荷物を引くことは困難になってくる。
ただし、全身には荷物が必要であるため、坂を登るために速度を上げようと無理をさせている状態である。(RASS が亢進している)
強心薬は、馬に鞭を入れることで、馬を動かし、坂を越えて荷物を届けさせる。
利尿薬は、荷物を減らして、馬の負担を減らす。SGLT2 阻害薬も荷物を減らすことができる。
β遮断薬は、心臓の働きを弱める薬であるため、かつては、心不全に禁忌とされていた。現在では、少量から徐々に増やして使うことで、馬の速度を落として、馬を休めながら、動かすような薬として、心不全では、重要な薬の一つである。
RASS を抑制する、ACE 阻害薬や ARB も、馬の速度を落として、馬を休める薬である。
MRA は、利尿効果と RAAS 抑制を合わせ持つ。ARNi は、ARB としての作用と、NEP 阻害して心臓を守る作用を併せ持つ。
◯強心薬
心筋収縮力を増大させる薬である。
急性心不全や慢性心不全の急性増悪期には、即効性である注射薬が用いられる。注射の強心薬には、カテコラミン製剤やホスホジエステラーゼ3阻害薬がある。
カテコラミンは、β1受容体を刺激することで、心筋収縮力を増大させるが、頻脈に注意が必要である。
経口強心薬には、ジギタリス製剤がある。元々、ジギタリスという植物から発見された成分である。糖と結合しているため、強心配糖体とも呼ばれる。
◯ジギタリス製剤
ジギタリス製剤は、心臓を強く、ゆっくりと動かす薬である。
薬物動態の特徴として、治療域が狭いことがある。そのため、血中濃度を測りながら使用することが推奨される。
また、腎排泄型の薬剤であるため、腎機能低下している人では、血中濃度が上昇する可能性がある。静脈内が低下している人や、高齢者では注意が必要である。
代表的な副作用には、精神・神経症状として、めまい・頭痛の他、不整脈、悪心・嘔吐などがある。
この誘因として、低K血症がある。低K血症は、薬剤性では、利尿薬やステロイドが原因薬剤となる。心不全治療においては、利尿薬と併用するため、低K血症を起こしやすい利尿薬と併用する時は、初期症状が起こっていないか、確認することが重要である。
◯レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)抑制薬
ACE 阻害薬や、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)は、降圧薬としても説明した。
RAAS は、心不全の時にも活性化されており、過剰に活性化されていることが、心不全の進行と関連している。そのため、RAAS 抑制することで、心不全の悪化を抑制し、心筋を保護する目的で使用することが、非常に重要である。
ACE 阻害薬や ARB の他、アルドステロンの作用を阻害するミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)も使用されている。
(※アルドステロン受容体拮抗薬)
そのほかにも、アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNi)も使われている。
降圧薬としても使われるように、血圧の変化に注意すべきである。(血圧が下がり、ふらつき・めまい・転倒の可能性がある)
※第三世代 MRA は、心不全に保険適用がない
◯アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNi)
ARNi は、アンジオテンシン受容体拮抗薬と、ネプリライシン阻害薬の複合体である。
ネプリライシンは、様々な生理作用に関連しているが、中でも、アンジオテンシンⅡやナトリウム利尿ペプチドの分解・不活化に関与している。
ナトリウム利尿ペプチドのうち、脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)は、心不全診療で補助診断法として大切な項目である。BNP は心不全から守るために分泌される物質であるため、心不全では高値となる。NEP 阻害薬は、BNP の分解を阻害するため、心臓を守る効果がある。
ARNi は、ARB が含まれるため、ACE 阻害薬や ARB とは併用しない。切り替え、もしくは、未使用の場合に使用開始する。
β 遮断薬
心不全治療に使う β 遮断薬は、カルベジロールとビソプロロールの2種類である。
心不全に使う場合、少量から徐々に増量して行く。高血圧では1回10〜20mg使うところ、0.625mgや1.25mgから開始するところを見ても、ごく少量から開始することがわかると思う。
徐々に増やす過程で、心不全症状の増悪がないことを確認しながらゆっくりと増やして行く。
SGLT2 阻害薬
SGLT2 阻害薬は、糖尿病治療薬の一つである。糖の再吸収を抑制することで、尿中の糖の排泄を促進するため、糖尿病治療に用いられている。
糖の排泄を促進すると同時に、尿量も増加させる。そのため、体液量を減少させるため、心臓の負荷を軽減させる。その結果、合併症のリスクを軽減することから、心不全治療薬としても非常に重要な薬の一つである。
服用中は、尿路感染症のリスクがあるため、通常、飲水指導を行い、トイレを我慢せずに排泄してもらうことが大切である。ただし、心不全では、心臓の負荷を軽減するため、飲水制限が指導される。軽度の心不全では飲水制限は必要ないとされているが、疾患の状況に応じて、飲水制限がおこなされているため、患者個別に飲水制限を確認した上で、指導を行う必要がある。
また、慢性心不全は多くの薬剤を併用するが、共通の注意点として、血圧の変化や不整脈に注意が必要である。
※SGLT2 阻害薬のうち心不全の治療に保険適用があるのは、
・エンパグリフロジン
・ダパグリフロジン
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