スズメバチのお母さん
ごめんね、ごめんなさい。
あなたの大切な巣を取ってしまいました。
ここ一ヶ月ほど、作っては取られ、作っては取られ。
何度もがっかりしたことでしょう。
あなたはこの春、余程私の庭を気に入ってくれたのか、作りかけの巣を取っても取っても、またそこから3メートル以内に軒下を見つけて、せっせと子どもを育てるための巣を作り続けていました。
今日取ったのは、4度目の巣でした。
女王蜂は春、冬眠明けの体で、ふらふらしながらたった1人で巣を作ると読みました。
その巣から生まれた子供たちをみんな連れて、あの大きなものすごい巣を作るのです。
あなたが、雨の日も風の日も、コツコツコツコツ作っているのをいつも見ていました。
壊すなら早いほうがいいと思いました。
何年か前、初めてスズメバチの巣を見つけた私は、色々と調べて、お母さんの留守中に巣を取りました。
中ではもう子どもが育っていて、帰ってきたお母さんが、巣があった辺りをずっと飛んで「子どもがいない、子どもがいない」と探していたのを見て、とても悲しくなったのです。
今回1度目に取ったのは、六角形の部屋が3つ程出来た頃でした。
お母さんは付きっきりでなかなか留守にしてくれないので、何回も見に行って、いない間に取りました。
翌日、全く同じところに作ろうとしていたけれど、部屋がひとつの時にまた取ったら、お母さんは異変を察知して場所を変えました。
行き先は、たった3メートル先でした。
そこでもなかなか留守にしてくれないので、巣が大きくなってきてしまいました。
棒で少し揺すったら(女王蜂はとても大人しく襲ってくることはまずないそうですが、真似しないでください)、あなたは私を襲うでもなく、逃げるでもなく、全ての手足で巣を抱えこんで守りました。
それでも、もうここはだめだと思ってくれたのか、どこかへ行ってしまったので、その間に取りました。
4度目はなかなか見つかりませんでした。
遠くに行ってくれたのかもしれないと思い、少しほっとました。
これまで、あなたがあんまり一生懸命に子どもを産もうとしているのを見て、巣を壊すことに、心が痛まなかったわけではありません。
なんとか共存できないかと思ったこともありましたが、そんなことはやっぱりできません。あなたが大人しいのは今だけで、子どもたちが大きくなれば、スズメバチは途端に凶暴な存在となるのです。
大人しいあなたを、今のうちに殺してしまうこともできない、私は、自分から見えないところであなたに元気でいてほしい、何度だって巣の作り直しをさせる、そんな偽の優しさしか持ち合わせていない、なんとも中途半端な人間なのでした。
それからしばらくしてあなたを見つけたのは、やっぱり前の巣から3メートル以内の場所でした。
ブドウのつるを誘導している時に、窓辺に付けていた鉢置きの板を下から覗きこんだ時、軒下にあなたと巣を見つけました。
そこには、前の年に作りかけた古い巣が2つ、蜘蛛の巣に覆われていて、あまり条件がよくない場所であることがわかりました。
それでもあなたはそこで、新しく子育ての準備をしていました。
巣を覗き込むと、子どもらしきものが小さく生まれています。
あなたはここでもなかなか留守にしてくれません。
そばで顔をじっとみてみると、あなたは巣を抱え込んだまま、わたしの方を見ていました。
大切なものを守る、強き母親の顔をしていて、美しいと思いました。
私がいつまでも見るので、あなたは危険を察知したのでしょう。
すぐにいなくなり、私はやっぱり巣を取りました。
いつからか、この庭では生態系が整い、虫や鳥の命の営みを、ごく間近で見るようになりました。
巣箱をかけたり、冬にはみかんをやってみたり、バードバスを置いてみたり、蜂の巣を駆除したり。
私は身勝手な人間として、目の前で起きる日々のドラマに、心を動かされ続けています。
スズメバチのお母さん。
せっかく私の庭を、こんなにも気に入ってくれたのに(そもそも、この場所は私のものなのだろうか?)、一緒にはいられませんでした。
もうこんなところにはいたくないと思ってくれるまで、私は巣を取り続けるのでしょう。
あなたは諦めずに、何度でもやり直す。
生きようとする。
私もまた、生きようとする。
答えは、ずっと出ないままです。