自業自得

私の母親は、面倒でした。彼女は貧乏な男と結婚し、不動産屋だった実家の財力で夫を弁護士にしました。夫、つまり私の父は弁護士になりましたが、絶えず妻から「私の実家が」という事を面と向かって言われたり態度で示され、浮気して「もっと優しい女性」と一緒になるため、家を出ました。

母親は、せっかく仕留めた男から逃げられたのです。自分が一生尻に敷けると思った男から。

それで彼女は私を医者にしようとしました。何故なら夫、つまり私の父の家柄は代々医者や薬師だったからです。

私の成績は、それほど悪くありませんでした。しかし高校生の頃、私は生物学に興味を持ちました。ある日私は母に「俺、東大の理2を受けようかな」と言ったら、台所で洗い物をしていた母は振り向きもせず、「そうかい、そんならウチを出ていきな」と言いました。

夫だろうが息子だろうが、要するに私の母親にとって、人間は自分が操るための存在でした。我が意のままにならない人間は、彼女にとって無用だったのです。

その母に今、墓はありません。「樹林葬」という名目の元、我々兄弟は母の骨を山を削った斜面に埋め、そこに10センチ四方のプレートだけを置きました。

実は彼女は、自分は用意周到だと思ったのでしょうが、葬儀保険というものを掛けていました。何百万だか知りませんが、保険を掛けていたのです。しかし自分で聡明を誇っていた彼女の誤算は、呆けたことでした。彼女は呆けましたが、しかし自分は聡明で、全て自分で判断出来ると思い込んでいました。それで、彼女は自分が昨日何を買い込んできたのかも忘れ、ありとあらゆる悪徳業者の言うがままになり、全てを蕩尽しました。結局一文無しになり、その「葬儀保険」も解約せざるを得なくなったのです。彼女が死んだとき、既にネズミ屋敷と化していた実家以外には、なにも残っていませんでした。

本人が全てを蕩尽したのだから、我々息子兄弟は彼女のために墓を建てる気にはなりませんでした。だから可能な限り安く挙げるために「樹林葬」という名目で、彼女の骨をそんじょそこらの山を切り開いた斜面に埋め、10センチ四方のプレートだけを置いたのです。どうせあそこは、すぐ何所なのか分からなくなるでしょう。

彼女の人生は、全てが自業自得です・・・死んだ後まで。

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