ブランデンブルグ協奏曲の想い出
バッハに「ブランデンブルグ協奏曲」という名曲があります。6曲からなる合奏協奏曲で、曲毎に主役を務める楽器が変わります。しかし実は6曲とも、裏でチェンバロが鳴っています。
このチェンバロは、はっきり聞こえては駄目なのです。あの曲のチェンバロの役割は、ぶっちゃけメトロノームです。リズムを刻むわけです。しかもメトロノームと違って、曲想に合わせて絶えず上手にリズムを揺らします。指揮者の代わりと思えば良いでしょう。指揮者本人は一切何の音も出しませんが、大編成の曲になればやはり指揮者が必要です。ブランデンブルグ協奏曲に於けるチェンバロの役目はそれなのです。チェンバロの音は、他の演奏者に聞こえておればよい。聴衆にまで目立って聞こえては困るのです。
私が千葉高校で時オーケストラ部にいたという話はしました。私はチェロパートだったのですが、一年生の時の学園祭でブランデンブルグ協奏曲の第三番をやるという事になりました。しかしもちろん私はまだチェロというものを握って数ヶ月ですから、あの曲のチェロは弾けません。特に第三番の主役は弦楽器なので、そんな大役は出来ない。それで「お前はピアノをやれ」という事になりました。私は小さい頃からそこそこピアノを習っていたからです。高校にチェンバロはないから、チェンバロパートをピアノで弾けというのです。
ところが、楽譜を渡されて愕然としました。なんだこの複雑な和音は!あの曲のチェンバロって所詮メトロノームなのに、信じられないほど複雑な和音が並んでいます。試しにある和音をピアノで出そうとしたら、どうしても出せないのです。和音が複雑すぎて、一つ一つの音に一本一本指を置くと、「いやこの和音どうやっても再現出来ない」という和音がたくさんあるのです。
理由はすぐに分かりました。だってチェンバロは鍵盤が二列並んでいます。ピアノは一列です。だからあの和音は複雑だけれども、鍵盤が二列並んでいればどうにか弾けるが、鍵盤が一列しかないピアノではその和音は物理的に再現出来ないという現象が起きるわけです。
うーん、と悩んだあげく、私は楽譜を弾くのは止めにしてしまいました。楽調に合わせて勝手に弾きやすい和音を作り、それを弾くことにしたのです。他の団員もチェンバロの楽譜が本当はどうなっているかなんか知りませんでしたから、ばれなかったのです。もっともばれてもあの楽譜はどうやったってピアノで楽譜通り弾くことは出来ないのですが。
それで練習は進み、学園祭初日の演奏はどうにかこなしました。ところが二日目の演奏で、私が弾いているピアノのすぐ横に小さな女の子が来て、私が弾いているのをみて「あ!間違ってる!」と言ったのです。その子は無論ピアノを習っており、楽譜も読めたんでしょう。
しばいたろか!!!
因みにその頃、私はまだこの曲の良さが分かりませんでした。一年先輩のチェロパートのトップが前田さんというなかなかのイケメンでした。その前田さんが「君、これは名曲なんだよ」と言ったのですが、当時の私はもっと派手派手が好きでした・・・ショスタコーヴィチ、チャイコフスキー、ベートーヴェンとか。だからあの曲は、なんだか最初から最後までじゃかじゃんじゃかじゃんとやるだけで、こんなものの何所が名曲なんだろうと思ったものです。
まあ、まだ幼稚だったんだね。