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労働問題と仏典

「己を拠り所とし、他を拠り所とするな」ということ。



私があゆみ野クリニックで毎日やっている仕事を、順々に説明します。よく聞いて下さい。


労働問題、つまりパワハラ、セクハラ、信じがたい超過勤務などで心身を病んだ人は、初診時にはまさに「あられもない姿」でやってきます。もう、どうしたら良いか、自分では全く分からなくなって、当院に飛び込んで来るのです。



仏典には「己を拠り所とし、他を拠り所とするな」とあります。しかしそういう時、本人は到底拠り所と出来る己なんかないのです。



だから、初診時はまず、「自分を取り戻させる」のです。



そう言う患者は、大抵「頑張り病患者」です。つまり、自分が頑張らなくては、あるいは、自分が頑張らなくてはいけないのに頑張れないからこうなっている、と自分を責め立てるのです。ですから私はまず、その人を正気に戻すのです。



あなたのお仕事はなんですか、どんな仕事を毎日どれだけやっていますか、と聞いていきます。製造業だったり中間管理職だったり教師だったり介護士、看護師・・・様々です。




私はその人の労働の実態を細かく聞いて、「なるほど、あなたが力尽きてしまったのは、あなたに能力がないからではありません」と言います。



例えばある患者は、一ヶ月に174時間時間外労働をさせられていました。労働基準法に定められた月の時間外労働の上限45時間どころか、国が過労死レベルという80時間の2倍を超える労働時間です。



またある人は教師でしたが、昔で言う「特殊学級」の担任になりました。そのクラスがどういう生徒で成り立っているのか具体的に聞いたら、そこには元々心身障害があって突然「わーーーー」と叫びだして暴れまくるような生徒と、DVでメンタルを病んだけれどももともとは正常という生徒の両方が一緒くたになっているのだそうです。それで私はその先生にこう言ったのです。



「私はかつて、心身障害者病棟の主治医を3年やったから、そういう人の対応は出来ます。一方、今のクリニックにはDVでメンタルを病んでリストカットをくり返すという人も来ます。私はその人達にも対応しています。しかし、その両方が同時にここに押しかけてきたら、私は一目散に逃げます。その両方を同時に相手にするなんてことは、誰にも出来ません」。



私がそう言ったらその先生、しばらく沈黙した後、わっと泣き伏しました。



「そうですね、そうだったんだ。私はこれまで、このクラスを担当出来ないのは、私に能力がないからだと思い込んでいました。先生のお話で、よく分かりました。たしかにああいう二種類の子供達に同時に対応するというのは、不可能です」。



まあ、これで問題が解決してしまう場合もあります。誰も出来ないことは、誰にも出来ない。それに気がつけば自分で何とかなるという人はいます。



一方、石巻の、特に地元企業というのは、はっきり言ってめちゃくちゃなのです。第一、経営者が労働基準法を知らない。知らないんだから、守らない。中には労基法だけではなく、なんと刑事事件を起こしたという会社もありました。本人が書くべき退職届を会社が勝手に書いて、年老いた母親に署名を代書させたって言うんです。これは刑法に於ける「有印私文書偽造」であり、この犯罪には罰金刑はありません。必ず懲役になります。



ところがこういう会社が、石巻ではのうのうとしていて、被害者が泣き寝入りをするのです。どういうことかというと、最初は被害者本人が急性ストレス障害で、何も考えられない。しかし当事者が自分を取り戻して、私から「あんたの会社は刑事犯罪をやったんだ」と告げても、今度は「親ども」がうじゃうじゃ言い出すんです。つまり、石巻のような田舎では、地域社会と地元の会社って、一心同体なのです。だから、親ども(クソ爺婆ども)にとっては、息子が刑事犯罪の被害者になって苦しんでいるという事よりも、自分が住んでいる地域(所謂ムラ)で揉め事の当事者になりたくない。結局、息子より自分が大事なわけだ。だから「会社と揉め事なんか起こすな」って言うんです。


こういう事例と、私は日々向き合っているんです。その中で、「己を拠り所としなさい」という仏典(古代仏教経典のダンマ・パダ、法句経)の言葉が身に染みるのです。



無論当院と労基署は定期的にではないが、度々ケースについてやりとりしているし、当院は労働問題一筋の弁護士さんと繋がっています。



初めは仕方が無い,身もあられもないんだから。だけど自分を取り戻したとき、その人がどういう判断をするのかは、その人次第です。労災として戦うのか、会社や職場の責任は問わず、傷病手当を申請して転職するのか。それは、本人が決めることです。そこまで私は介入しないし、どちらに決めても,私はそのお手伝いをします。つまり、労災として争うのであれば、あなたは労基署、あなたは弁護士と割り振るし、診断書もそれにふさわしく書きます。つまり、労災だと書くわけ。しかし、本人が「もう争いはいやです。休職した後は転職します」というのであれば、傷病手当の申請をさせます。



ほとんどの人が知らないのですが、傷病手当を申請するということは、自分が病気になったのは職場の責任ではありませんと認めることです。何故なら、職場に問題があって病気になったというのは労災だから、傷病手当は受けられません。そういうことも、きちんと説明しなければならないのです。



私は毎日毎日、こういうことをやっているのです。そしてそういう身として、「今の職では食べられません。どんな資格を取ったら良いんですか?」なんて言ってくる、つまり一切を他人任せにする人間は救えません、と言うのです。



ご理解戴けたでしょうか。

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