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時間が育てる、心に沁みる言葉たち

────エッセイ

Zoomに代表されるビデオ会議はとても便利で、いまや仕事をする上でかかせないツールになった。東京 - 大阪 - 九州を繋いで気軽に打ち合わせができるのも、在宅勤務ができるのもビデオ会議のおかげ。なんなら参加者全員同じ部屋にいるのに、「画面共有するんでみんなzoomに入ってください」なんてこともある。

ビデオ会議のもう一つのメリットは議事内容を録画できることだ。録画しておけば参加できなかった人にも内容を共有できる。最近はAIが文字起こしから議題の要約までしてくれるからビックリしてしまう。会議終了直後に要約を配信することもできる。数年前には考えられなかった即時性が当たり前になってしまった。

ただ、しゃべるそばからテキスト化された会話は、文章というよりは記号の羅列だ。盛り上がった笑い話も「アハハ」という記号に変換されては何の面白みもない。まるで乾いた砂漠のような文章。正確だけど抑揚がない言葉は、読む人の心に沁み込むことなく、風に舞い散るように記憶から消えていく。次の会議、次の会議へと効率よく消費されていく言葉には余韻の欠片かけらもない。

めっきり減ったが、いまでも人が書いた議事録を目にすることがある。上手な人の議事録は、読みやすいうえに面白くて読む人を引き付ける。会議から数日経っていても、そのときの様子を思い出すことができる。あのときの発言にはこんな意図があったのかも……と、時間をかけて思いを巡らせることができる。聞いた瞬間より、時間が経った方が理解が深まり、言葉が心に沁み込むこともあるんだ。

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先週、あるnoteが目に止まった。

みゆきさんとは一度だけお会いしたことがある。第二回目のnote酒場でお話ししたり、隣に並んでイベントの発表を聞いたりした。note酒場と聞いて、なにそれ?と思う人の方が多いくらいだろう。とても楽しい空間と時間だった。そこでみゆきさんと何を話したのか、5年も前なので忘れてしまったが、みゆきさんが赤い服を着ていたのを覚えている。短い時間の会話だったが、鯔背いなせな人だなと思った。時間が経っても、その印象は薄れることなく心に残っている。

みゆきさんがZINEを出し、地元のイベントで販売されたのは知ってたけど、遠方なので買いにはいけず。通販が開始されたというので早速注文した。数日後、ポストにゴトンと音がしたので、もしやと思い覗きにいくとZINEが届いていた。パッケージを開け、一枚の紙に書かれたメッセージの一文にジーンときた。

(このZINを買った人は)きっと書くのが好き、読むのがすきなお人ですよね。

そうですよ、そうですともと首をブンブン振る。何気ないひとことが心に沁みた。うまく表現できないけど、自己肯定感が増したとでも言えばいいのだろうか。書く量、読む量が以前より減ってしまい、「自分は書くこと、読むことが本当に好きなのだろうか」と思うことが増えていた。そんなときに、「いやいや、あなたは十分お好きな人ですぜ」と言われた気がした。この本は、最高な環境で読むしかないと心に決めた。

窓の外は真夏みたいな日を浴びる緑たち、温泉で火照った身体にそよぐクーラーの冷気、目の前にはグラスに汗をかくほど冷えたビールとZINE。最高だ、最高過ぎると震えながら頁をめくった。

そこに描かれていたのは、家族に関するエッセイ。子どものこと、親のこと、そして自分のこと。ミユキさんが普段noteに投稿されている文章より、静かな口調に感じた。文調と書くのが正しいのだろうけど、読み手に語り掛けてくるような文章は、口調と書いた方がしっくりくる。

読み進めるとグイグイと本の世界に入っていく。お子さんが中2の頃の心情とか、みゆきさんが小学五年生の頃のこととか。そのころも赤い服をきてたのだろうかと平成のはじめの頃に気持ちの中でタイムスリップした。この感覚は多分、口調は静かだけど表現がストレートなところに起因するのではないかと感じた。

WEBの様な、不特定多数が見れる場所に投稿するときは何かと気を遣う。見る人の誤解を生まないよう、「これは個人的な見解ですが」と丁寧に断りを入れる人も多いと思う。予防線みたいなものだけど、これが入ると文章のキレがなくなる。本来言いたいことに薄膜が張られた感覚になる。

みゆきさんのZINEにはそれがなかった。余分な装飾がない気持ちにストレートな表現。誰かを攻撃するとか、諭してあげようとかは一切なくて、自分が感じたことをそのまま文章に起こした感じ。それが読んでいて心地よいのだ。こういう文章は、書こうと思って即座に書けるものじゃない。時間をかけて文章に向き合ってきた人だから書ける、読み手の心に沁み込んでいく文章。羨望混じりの気持ちで読み進め、一冊が終わる頃にはビールが二杯空になっていた。

WEBへの投稿は手軽だし、即時性が魅力だ。一時間前の出来事を写真つきで世界中に発信することができる。でも、本は違う。書き手が言葉にしてから読み手に届くまで時間がかかる。印刷後の修正はできないから、入稿前に何度も校正する。製本や発送にも人と時間がかかる。その間に言葉が熟成され、なんともいえない味わいになるのではなかろうか。そんな思いにさせるZINEに出会えた、素敵な3連休の初日だった。




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