あれはやっぱマット・デイモンの・・_ドライブアウェイドールズ
怒涛の1日の締めくくりは「ドライブアウェイドールズ」
超楽しみにしていた作品、ここらでは上映が遅く・・でも連休中の上映でよかったー。
結果、やはり、コーエン兄弟作品の中でバーンアフターリーディングとビッグリボウスキが好きな私にとってガッチリハマった作品だったーあーよかったー。
こういう「底抜けに明るくて下品」って一番私の気持ちを上げてくれる。
息子がまだ意思疎通が難しい乳児時代、家であえてどん底・難しい系映画を観てから「ソーセージパーティー」を観るのにハマっていた。
そうやって自分の育児への思いを熱くさせつつ、本来の自分を取り戻していたのかもしれない(なんだそれ
ドライブアウェイドールズ、またペドロパスカル氏が出演していました。冒頭ちょっとと生首でしたけど。
大まかなあらすじは
女性2人が、車の配送のバイトも兼ねて旅をするけど、その車がギャングの訳あり車だったのでした。
ということなんだけども
女性二人の個性も強い。
偏見と欲にまみれた環境の中で、一方は全開に奔放に、もう一方は自分の欲が理解しきれず周りの偏見に流されている。
周りの人間もまともな人がいなくて(そもそもまともな人間の定義って何?と思ってしまう)
そんな環境の中、二人は一応の悪と戦い、自分たちの目標に向かい、欲を満たし愛に気付くのだ。
ちょっと不謹慎だろーブラックだよー笑えなーい
って人もいるかもしれない。
でもよ?
世の中、大半の人は高尚になんか生きてなくて
食事をし、排泄をし、己の欲を満たしながら生きている。
それが普通になればそれぞれ価値観を持ち偏見を持ち生活をしている。
上手く言えないけど、とにかく自分はキレイゴト並べてるだけの人間が大嫌い。キレイゴトをキレイに並べた説教もイベントも映画も大嫌い。
そんなん出来たら戦争なんて起きないわ。
混沌とした世の中でも愛は育つし恋にも落ちる。
愛や恋の対象は家族だろうが異性だろうが同性だろうがなんだっていい。
この歌詞を思い出した。
どこかで誰かが笑っているすぐ近くで今すぐ死にたいと思っている人がいる。
それが世の当たり前、みんなが幸せなんてありえねえんだよ。その当たり前の世の中の不条理さをこの作品はギュッ煮詰めてフラットにしているのだよ。
中庸で寛容な人間に私はなりたい。
混沌とした世界をフラットに描く好きな映画監督といえばウェスアンダーソンなのだが、彼とコーエン監督の違いは表面の粗さだと思った。
ウェス監督はふるいにかけて均一にし空気を含ませながらツルツルに磨き上げていて、コーエン監督は上手くできた塊魂、
どちらも遠目で見るとフラットなんだけど近くで見ると全然違う。
どちらも大好きだ。
アインシュタインの言葉を拝借すると
常識を疑え
ってこと
あなたの常識は本当に常識ですか?あなたは普通の人間ですか?普通ってなんですか?
今の環境を嫌う前に、好きになろうと努力したことはありますか?
その情報は本当ですか?客観的に自分の目でしっかり判断したことはありますか?
いいですか、言ってもいいですか?
あれはマッドデイモンのアレのディルドということでいいんですよね?????
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