【校閲ダヨリ】 vol.71 残したい日本語 その2 「衣紋掛け」
みなさまおつかれさまです。
春らしい陽気になってきましたね。
私が春を感じるのは、目の痒み……なのですが、先日久しぶりに(8年ぶりでしょうか)「つくし」を見ることができ、懐かしい気持ちになれました。
併せて、卒業、入学のシーズンでもあります。
心の炎を一段階強くする、そんな心地よい春の風がみなさまに吹いてくれることを心よりお祈りしております。
さて、「魔法瓶」ではじまった「残したい日本語」シリーズ、今回は2回目です。
「衣紋掛け」という言葉なのですが、こちらは前回の記事のアナウンスをInstagramでした際に、高校時代からの友人が気づかせてくれた言葉です。
——普段あまり自分の話をしないので、ちょっとだけ脱線して、時を17年前(くらい)に戻します。
ぎりぎり学区外の高校に入学した私は、中学からの「引き継ぎ友人」がゼロというチャレンジングな状態で過ごすことになりました。
彼とは同じクラスだったのですが、お互い自分の半径3メートルほどしか目が利かず出席番号も離れていたため、存在すら知りませんでした。
そんな状態で、私は名門の「レスリング部」へなぜか入部することになります。
プロレスラーやオリンピアンを輩出している高校だったのですが、やはり「シングレット」というあのユニフォームが放つプレッシャーが凄まじく、人気はサッカー部の30分の1、先輩部員は3名でした。
「ああ、同級生は誰もいないのだろうな」と入部早々「将来自動的に部長」の重圧を勝手に覚えていたのですが、そんな折、なぜか入部してきたのが「彼」だったのです。
そして、話してみるとなんと、同じクラスではありませんか! もう、友達にならない手はありません。
「俺たち二人だったら何も怖くないよな」という友情の力で、つらい練習にも耐えることができたのですが、だんだんとファッションに関心を示すようになった彼は、あろうことか幽霊部員となってしまったのです。
クラスも1年生のときしか同じでなかったので、疎遠になるかと思いきや、そうはならなかった。
つらい練習の時間を共有した経験や、一時でも、一回でも「シングレット」を見に纏い、「マジで殺される」と思うほどの筋肉を身につけた相手と試合で対峙した経験は、何物にも代えられない友情を授けてくれたようです。
先輩が辞め、彼が幽霊部員となってしまった後、私は「自動的に、筋トレ部の部長」となってQOLを上げる方向に舵を切り、毎日放課後1時間程度顧問の先生とおしゃべりをしながら筋トレして帰るという、サッカー部も羨む日常を手に入れたのでした。結果的に、残って友達と談笑していた彼と帰宅時間が同じというタイミングもあったりして、一緒に帰ることもありました。
そんな彼も結婚し、もうすぐ父親に。
おめでとう。僕の未体験の領域に、君はいる。
でも、想いは同じだ。
これからの世界を担う若者が少しでも生きやすい世界の構築を、僕は言葉の力で手助けし続ける。
何かあったら、いつでも言ってくれ!
——そんなわけで、「衣紋掛け」です。
「えもんかけ」「いもんかけ」と読み、「ハンガー」と同じものを指すこともあれば、「ハンガーラック」のような「かけておく側」の家具を指すこともある単語です。
ハンガーとしての衣紋掛けは、どちらかというと和服に対してしっくりくる印象があり、形状も、まっすぐな棒に紐がついているという、着物をかけやすいものをそう呼ぶようですが、祖母などがそのままハンガーのことを衣紋掛けと呼んでいるのを聞いたことがあるので、和・洋の明確な線引きはないのかもしれません。
辞書には単に「衣服を掛けてつるす竹や木の短い棒」(日本国語大辞典)とあり、英和辞典の「hanger」には「洋服掛け,えもん掛け,ハンガー」(ランダムハウス英和大辞典)とあります。
ハンガーラックとしての衣紋掛けは「衣桁(いこう)」とも呼ばれ、『日本大百科全書』には平安時代から用いられている家具であることが記されています。
この言葉、私は「えもんかけ」という響きがとてもよいなあと思います。
「ハンガー」は「ガ行」が入るので、音として強い印象になりますが、「えもんかけ」にはそれがないため、清く、とてもまろやかな佇まいです。
試しにTwitterで「衣紋掛け」を検索してみたのですが、結構お使いになられている方がいらっしゃって、なんだか嬉しい気持ちになりました。
なかには「エモい」と「衣紋掛け」を合わせて「エモすぎ衣紋掛け」(私はすごくハイセンスだと思います)というものがあったり。
残す形は、ひとつじゃなくて良いのだと思います。
みなさんにとっての「残したい日本語」は何ですか。
それでは、また次回。
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