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【校閲ダヨリ】 vol.66 お買徳な話



みなさまおつかれさまです。

少しハードなテーマが続いたので、しばらくはゆったりとした回にしたいと思います。
今回は、まずみなさんに一枚の写真をご覧いただきたいです。

画像1


とあるスーパーで私が撮影したものです。



なんだ、ただの鯛好きか。



いや、まあ鯛は好きなんですが(迷った挙句買いませんでした)、見ていただきたいのはPOPの上部です。

IMG_6863トリミング

更にお買徳」とありますよね。



それがどうした?



お買徳は、通常「お買」や「お買い」などと書かれますよね。



ああ、そういうことか。今回は「あるある」の誤植解説回ってわけね。



いや、そこは私なので、単に「正しくはお買得です」みたいなお話をするつもりはございません
そもそも一般的に言われる言葉の正しさとは、「辞書に載っている」ことを理由とすることが多いですが、
辞書の記述はあくまで「多くの人がそう使っていて、それがそこそこ長く続いている」ということがよりどころです。

そう。辞書は、あまりクリエイティブな発想から生まれたものではないんです。(それがよいのか悪いのかは論外ですし、私は肯定も否定もいたしません)

言葉は基本的に、使う人によって自由に生み出したり、つくり変えたりできるものですが「お買い得」のような連語(複合語)は、それがしやすく、また、「間違っている」という表面的な判断が特にしづらいと私は思っています。

「お買い得」すなわち「買得」は古い言葉なので連語というよりは名詞として辞書にも掲載されていますが、たとえば「満天の星」は連語です。

これを「満天の星」としてしまう失敗例が多いですが、なぜ失敗かというと「辞書の『満天』の項目に『〜の星』と使用例が書いてあるから」がその理由ではなく「満天」の中に「空」の意味が入っているからということになるんです。
では、こちらはどうでしょう。


の星


たまに見かける表現ですが、「簡単に間違いとは言えない」んです。
だって、そうでしょう? 「満点」も「星空」も辞書には別々にしっかり載っている単語ですし、「天」ではないから「空」の意味も重複しない。意味的にも、最高に変というわけではないです。

私たちが考えている「正解」の概念は、案外揺らぎやすいものなのです。
そういうこともあり私は「言葉が間違いとされるよりどころは、伝達を含むコミュニケーションが失敗すること(成立しないこと)」と自分で勝手に定義づけているのです。

今をときめく小学生に向けた文章で「瀟洒」と書けば、単語的には正しいかもしれませんがコミュニケーションは(おそらく)失敗します。
だって正しいじゃん」というかもしれませんが、私は「それだけではダメだ」と思います。
そこには「ねらい」が必要です。
「なぜそうしたか」
これをしっかり説明できるなら、「一般的な間違いを正解にできる」可能性が生まれます。

簡単に言い換えると「あえて」ということですね。


日頃このように考えているので、私は「お買」にもそれがあるような気がしたのです。

」は「得」に比べ精神性が強く出ている単語で、「よい行いをすることで蓄積されるもの」という意味を含みます。
対して「」は利益に直結する単語で、「損」とセットで捉えられがち。つまり功利主義的な言葉です。

調査やマーケティングをしたわけではないのであくまでイメージですが、「清貧」や「武士は食わねど高楊枝」といった言葉があるように、日本の精神文化として「損得勘定は最優先事項から外す」傾向があるように感じています。
スーパーのみならず、全ての商売が「損得」の上に成立していますが、それを売り文句に使用するのはブランドイメージにそぐわない。

そこで「」です。
買う側はそこまで意識しないかもしれませんが、私のような者には
「ふむふむ。買うことでまるで徳を積めるかのような表現だ!」
と伝わるわけです。

これを「正しくはお買得です」と切り捨ててしまうのは不粋だと思います。
「お客様に『おかいどく』が伝わらないような書き方」「お客様が気持ちよく買い物をできない書き方」がされていない限り、これを失敗(間違い)とすることは私はできません。


さて、ここからオチですが、
『日本国語大辞典』は、見出し語の用例を「可能な限り初出に近いものから選出している」という特徴をもっています。
「買得」の項目を参照すると


浮世草子・傾城色三味線〔1701〕湊・三
「あれは見たよりは買徳(カイドク)な女郎といはれてこそ、うれしう御ざんしょけれ」


と、1701年の例が載っているわけです。


ん?

「買徳」!!!


言葉の正解・不正解の議論を好きになれない私です。


それでは、また次回



参考
日本国語大辞典』(小学館)


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