【校閲ダヨリ】 vol. 44 いぶし銀な、業界特有の句読法
みなさまおつかれさまです。
先日、社内の広報関係を司る部署から依頼を受けて、スライド資料的なものの校閲作業をしました。
その際、いつも雑誌や書籍で行っている組版方式(句読法)にしたがって赤字を入れたのですが、後ほど「これはどうして?」とお問い合わせをいただきました。
出版業界ではほとんど当たり前となっている組版方式なのですが、小学校の「作文の書き方」でも教わらないものですし、業界外の方には馴染みがないのかとあらためてハッとした次第です。
紙媒体を制作している出版社・新聞社などのウェブ記事ではだいたいこの方式が適用されていますが、紙を作らない会社の記事などでは用いられていない傾向があるように感じられます。
結論から申し上げますと、「則らずとも実害はない」ものなのですが、視覚的効果(読みやすさ)が期待でき、かつ出版業界という文章のプロフェッショナルが蠢く場所で長年使われた表記ならではの「玄人感」を醸し出せるものですので、読者の皆さまが文章をお書きになる際に試していただくのもよいかもしれません。(Twitter や LINE でも、Instagram でも使えます)
で、それは何?
はい、それはこんなことです。
たとえばこのような感じです。
もしお手元に雑誌があれば、パラパラと誌面を眺めてみてください。きっと、このように組まれているはずです。
なぜこんな組まれ方をしているのかと問われ、言葉に詰まってしまい「慣習だから」としか言えない自分が恥ずかしく、調べてみることにしました。
前提として、新聞・通信各社の用語集にこの方式で記事を作成するよう記載があることは知っていましたが、それが根本とは考えられませんでしたので、さらに深いところを探りました。
……ですが、どこが最深なのか判然としません。
とあるウェブ記事にて「JIS(日本産業規格)の「JISX4051(日本語文書の組版方法)」という箇所が由来らしい」というものを見つけて原典にあたってみたものの、直接の記述はありませんでした。(とはいえ、日本語組版のガイドラインといえるものなので、勉強になります。ご覧になりたい方はリンクから「JIS検索」→「X4051」を入力の上、画面上で閲覧が可能です)
はてさて、困りました。
約物(文字・数字以外の記号・符号活字のこと)の使い方で唯一といっても過言ではないオフィシャルガイドライン「くぎり符号の使ひ方〔句読法〕(案)」は当然あたってみたのですが、
とあるのみで、問題の全角アキには言及していません。
ただし、ひと筋の光として、疑問符の用例の箇所に
がありました。これが作成されたのは昭和21(1946)年のことなので、第二次世界大戦が終結して間もなくには、すでに使われていたことがうかがえます。
疑問符や感嘆符はそもそも外国語由来の記号ですので、民間に広く使われはじめたのは明治時代と推測できます。
『日本国語大辞典』の感嘆符の項、「語誌」を見ると
とあり、尾崎紅葉『三人妻』からの引用
が載っています。ジャパンナレッジ版ではテキストのコピーができ、これもその機能を用いてそのまま例文を貼り付けているのですが、なんと、感嘆符のあとに半角アキが入っているのです。
「まさか、使いはじめからアキを入れることが根付いていたのか?」と思い、原典にあたりました(これが大切です)。
初版を、国立国会図書館デジタルコレクションで見ることができました。写真の、10行目です。
尾崎紅葉『三人妻』 国立国会図書館デジタルコレクション所蔵
ぱっと見た感じではアキが入っているように思えますが、他の文字同士も二分アキで均等組版されていますので、実質ベタ組みです。次ページの5行目にも感嘆符が登場しますが、こちらも実質ベタ組みです。
原典にあたったことで、感嘆符の登場初期はアキを入れる概念はなかったようであることが判明しました。
とすると、明治20年ごろから昭和21年までの約50年間に何らかの変化があったと考えることができますね。
ちなみに、先述の「JISX4051」の制定は1993年なので、これを論拠とするには時代的にもかなり無理がありそうです。
さて、では、その変化とは何なのでしょうか。これは私の推測ですが……。
先ほどの『三人妻』が出た明治中期は、活版印刷が再興して間もなく。職人も未熟で、納期に合わせて「組む」ことで精一杯だったのではないかと思われます。いまではキーボードを打てば数秒から数分で終わってしまうような行をまたぐ修正も、活字組版では下手をするとそれ以降すべて組み直さねばならない事態になるので、活版印刷の組版は本当に職人技が求められました。
だんだんと組む側の技術が向上し、作業にささやかなゆとりが生まれ、「読者がもっと読みやすい版面に」という意識が生じた結果、「、」「。」と同じような見た目になるように工夫をし、アキを入れるということにたどり着いたのではないでしょうか。(「、」「。」は、縦組みの場合は下二分アキ、横組みの場合は右二分アキとして活字に組み込まれています)
まさしく、出版業界が生み出した「いぶし銀」な表記方法ですが、特に横組みの場合は全角アキだと見た目に広すぎるといった場合もあるようです。文字数がそれほど多くない大見出しや、字間をあらかじめ広めにとってやわらかさをもたせた文字組みでは、全角アキはかなりのインパクトがあります。絶対的なルールではないので、半角アキにするなど柔軟に対応するのもよいのではないかと私は思います。(ただ、「?」「!」の後ろに「まったくアキがない」のは読みづらいと個人的に思います)
現在は、応用的に「◎」や「♪」などの記号のあとにも全角アキを入れている誌面を見かけます。このようにして言語は柔軟に変化しているのだなあと、感慨深くなってしまうのは私だけでしょうかね。
それでは、また次回。
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