【校閲ダヨリ】 vol. 35 「氏」と「さん」迷宮(敬称あれこれ・前編)
みなさまおつかれさまです。
人の名前を呼ぶときには、敬意を込めて「敬称」をつけるのが一般的ですよね。
今回は、「氏」と「さん」にフォーカスしつつ、いろいろな敬称を紹介していきたいと思います。
さて、日頃仕事をしている中で私が個人的に気になっているのが「氏」と「さん」です。
どちらも相手を敬ってつける接尾語ですが、同じ見開き内で人物ごとに使い分けされているページに出くわすと、なんだかもやもやしてしまうのです。
いわゆる一般的な敬称の中で、「氏」と「さん」の間には「偉さ」によるランクのようなものはありません。なので私は「氏」と「さん」は、どちらで統一しようか使い分けを迫られる場面はあるにせよ、同じ企画内で混在しているのが正直よくわからないのです。
ここでいう「使い分けを迫られる場面」とは、
大きく分けるとこのふたつのことと考えています。
字数
1文字か2文字か、この量の差は出版業界ではとても大きいです。(ZINEなどを制作される方はご共感いただけるかもしれません)
特に敬称など何度も登場する可能性のある接尾語はローキックのように字数が響いてくる単語ですから、1文字削るだけでもウェイトはかなり変わってくると思われます。
企画(記事)のテイスト
字数問題よりも強い要素が、こちらです。個人的には、この性質の違いが、先の「同一企画(ページ)内混在」の端緒になっているような気がしています。
「氏」は、もともとは家の名前を指す言葉でしたが、1947年の民法改正により家の制度が廃止され、その後個人を指す言葉として性質を変えています。古代社会において「氏」は支配階級の一族が名乗れるものであったため、「家系」に対する敬いの念が現代まで脈々と受け継がれてきた結果の現在の敬称なのでしょう。
対して「さん」は、成立が少し複雑です。こちらの発端は「さま(様)」です。
日本国語大辞典によると接尾語の「さま」は、
という意味がもともとのようです。現代で言うところの「振り向きざま」の使い方ですね。ここから派生して
というかたちに意味が増えます。
現在では「殿」は目下の人に対して用いる敬称という暗黙の了解が存在しますが、源流は室町時代に形成されたのかもしれませんね。
日本国語大辞典ではこの点に対して
と補足がなされています。
……という感じで両者の成立から追ってみましたが、「氏」と「さん」のイメージの違いは「家柄か個人か」という規模(スケール)感を出発点とする潜在意識や、「漢字かひらがなか」という目で見たときの柔らかさの印象によるのではないかと考えています。実際の場面では、事実をありのまま伝えるストレートニュースなどでは「氏」が、親しみやすさを前面に出した企画では「さん」が用いられる傾向があるように思います。
では、私がもやもやしている同一企画(ページ)内での両者の混在とはどういうことなのかといいますと、実際はこんな感じで登場します。
大体が、
・その企画の主役→さん
・その他の登場人物→氏(主役が影響を受けた人物の場合が多い)
という構成になっています。
ここでは
という、制作側のふたつの意図が感じ取れますが、2. の可能性が見え隠れすると、「『氏』と『さん』の間には『偉さ』によるランクのようなものがない」という点において私はもやもやするのだと考えます。
あくまで個人的にですが、読み物の良い点は読者にその判断がゆだねられるというところだと思っているふしがあり、制作側はできるだけニュートラルに発信してほしいのかもしれません。
昔話になるのですが、こんな指摘をしたこともあります。
とある企画に監修者として招かれた人物のプロフィール欄で
●●先生
と敬称が付されていたところに、えんぴつで
「自分にとって先生かどうかを決めるのは読者では?」
と入れました。
先生という言葉は特に主観を込めての使用になりやすいので、注意したいところです。
校閲者は「物言わぬ仕事人」というところが通念なところがあるのですが、言葉が変化するように、私たちの仕事における役割も変化してきていると感じることがあります。
「素人のプロ」である我々が感じることは、読者のみなさまにも共通するところがあり、刊行物の全ては読者のためのものであるので、私のチームでは「積極的な校閲者」を目指しています。
長くなってしまいました。そのほかの敬称につきましては次号でご紹介することといたしましょう。
では、また次回
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