Eighth memory Last (Conis)
「えーっと君は、どうしてこんな所に?」
「わかりません、気づいたらここにいました」
「そう、なんだ」
「はい」
その誰かが、ワタシに話しかけ続けます。
初めて会ったはずなのに、その誰かからぽかぽかを感じました。
真っ暗な空とは真逆の、小さくキラキラしている瞳をした誰かは、なぜなぜしているように困っているようにも見えました。
「あっ、じゃあ、ボクはこれで……その邪魔してゴメン……ね」
その誰かがワタシから離れていこうとしました。
ワタシは何故かそれがとてもいやいやな気がしたので、少しだけ追いかけてその誰かの袖を掴みました。
その誰かの表情は見えませんでしたが、少しびっくりしているように思えました。
「えっ? あのーー」
ワタシはその誰かのお顔が気になり、うーんと顔を近づけました。
透明で透き通ったオレンジの二つの瞳は、右に動かしたり、左に動かしたり、落ち着きなく揺れています。
「あのーー」
「あなたは、あのきらきらした何かに詳しいのですか?」
そういって空へと手をかざして指差しました。
「えっ!? キラキラした何か? もしかして星のこと?」
「星……はいっ! ワタシ、その星というもののことが、知りたいのです」
目の前の誰かは、少しうーんなお顔をしましたが、やがて首を縦に振ってくれました。
ワタシのなぜなぜはこれで解決できるのでしょうか?
「ほんとうにボクでいいの?」
「はいっ! 教えて、ほしいです」
「その……実はボクもそんなに詳しくはないんだけど……」
「? 教えて、くれないのですか?」
ワタシのその問いを聞いて、誰かはゆっくりとその場に腰を降ろして空を見上げました。
ワタシもその隣によっこいしょと座り同じように空を見上げます。
「えーっと……」
隣の誰かさんは一生懸命その星? というものについて教えてくれました。
その時、頭の中で誰かに似たようなことを教えてもらったような気がしましたが、思い出す事はやっぱり出来ませんでした。
ワタシは時折、小首を傾げつつこの誰かさんのお話を黙って聞いていました。
やがて、一通り話し終えたのか、その誰かさんはふぅーっとひとつ息を大きく吐きました。
「あなたは、すごく星について詳しいのですね」
「そんなこと……ないよ……このくらいみんな知ってる事だから……」
「?」
「いや……何でもないよ。これで満足した、かな?」
「満足、ですか? それはなんですか?」
「え、えーっと、なんて言ったらいいのかな……」
「?」
初めて聞く、その言葉にワタシが小首を傾げると、その誰かさんはあたふたしていました。
「えーっと、その……君が知りたかった星のことがわかって……その……嬉しい?」
嬉しい、その言葉は聞いたことがあります。昔、誰かに教えてもらった胸の辺りがぽかぽかした時のことを嬉しいというのだと。
「嬉しい……はい、嬉しいと、思います」
「そっか、それなら良かった」
「はい、とても、その……満足、しています。これで良いのですか?」
嬉しいという言葉と、満足という言葉は似てはいますが同じなのかはわかりません。
だからこそ新たななぜなぜを誰かに聞いてみることにしました。
「えっ!? うっ、うん。満足って言葉の使い方について聞いているなら、間違ってないと、思う」
「満足。嬉しい。わかりました」
「……」
その誰かはそんなワタシを見てどこか満足? しているように見えました。
色んなことを知っているその誰かさんをワタシはすごいすごいと思いました。
「あなたはすごいすごいなんですね」
思った通りの事をそのまま伝えました。
「すごい?」
「はい! すごいです!!」
「……そんな、こと……ない……です」
「?」
「……」
その誰かさんは、とてもしくしくしたお顔を浮かべました。
何があったのかはわかりませんが、その誰かさんのお顔を見ているとワタシまでしくしくした気持ちになります。
「君は、ボクにすごいと言ってくれた。その気持ちはありがとう……嬉しいよ。でも、今、出会ったのがボクじゃなくもっと星に詳しい……そう、先生みたいな人だったなら君は今以上に、もっと満足できたかもしれないから」
そう言って、その誰かさんはワタシに小さく笑いかけました。
でも、その笑顔はにこにこではなく、しくしくに近いものを感じました。
だからワタシは教えてもらったことが嬉しかったことをもう一度伝えようと思いました。
「ワタシは、あなたに教えてもらえて満足、していますよ」
そう言ってワタシは誰かさんに小さく笑いかけました。
でもその笑顔は、にこにこではなくワタシにもわからない感情でした。
「でも……このくらい、ボクじゃなくても……」
「教えてもらった人があなたじゃなかったらワタシは今みたいに満足したのかわかりません。でも、今、ワタシは満足しています。それだけはわかります。それでは、ダメ、ですか?」
それはワタシがずっと感じているものでした。
今まで教えてもらったこと、それをワタシが知れたから嬉しかったのでしょうか? それとも、今、目の前の誰かに教えてもらえたから嬉しかったのでしょうか?
それすらワタシにはわからないことでした。
ただ、胸はポカポカしているような気がしていました。
「ありがとう……ボクも君に会えてとても嬉しいよ」
「はい! ワタシもあなたに会えてとても嬉しい、です!!」
「……あっ、そうだ! 名前!! 君の名前は?」
「名前……ですか?」
誰かに何かを呼ばれていた。
そしてそれをワタシはとても大好きだった……なのに、それをワタシは思い出すことができませんでした。
「そう名前! ボクは、ソフィ! 君は?」
「名前……わからないです」
「えっ!? 名前がわからないの?」
ワタシの名前? を呼んでいる誰かの声が聞こえてきそうでしたが、思い出そうとすると、頭のもやもやが邪魔をしてきます。
「わからないです。ソフィ、教えてください。ワタシの名前は何ですか?」
「え、名前を教えてくださいって……どっ、どうしよう……」
ソフィを困らせたかったわけではありませんが、今のワタシにはソフィを頼ることしかできません。
「その……何か、覚えてないかな? 例えば……誰かになんて呼ばれていたとか……それも覚えてない?」
「呼ばれた……ですか?」
そう、ワタシは誰かに呼ばれていました。その誰かさんたちをワタシも呼んでいました。でも、それを何一つワタシは思い出すことができないのです。
それがどうしてかとてももどかしくて空から視線を外して俯いてしまいました。
「記憶が、ないの?……それは不安だろうな」
「?」
何か聞こえた気もしましたが、それよりもワタシは自分の名前を思い出すことの方が大事なことでした。
「えと、……じゃあ、君が好きなものは何?」
「好き……好きは星ですっ!」
それは、先ほどソフィに教えてもらったもの。
……違う。それ以前から何も思い出せないワタシが唯一好きだったと思いだせたものでした。
「そうだったね……星、星かぁ……」
「はいっ! 星です!!」
「星……黄色……イエロー……ゲルブ……いやかわいくはないな……」
「ゲルブ……好きじゃないです」
「あぁ。ごめんね。じゃあ……星……星……スター……ステラ……」
「ステラ……少し良いです」
どこかその名前があまり好きではなくもやもやしましたが、ソフィがせっかく考えてくれたのですから、その名前をワタシは好きになろうと思いました。
「……いや……違う……」
「?……ソフィ……?」
そう言ってソフィは何かを思い出そうとしていました。
「名前……あの子の……確か……思い出せ……」
「……ソフィ……大丈夫です……か?」
ソフィはあーでもないこうでもないと、うんうん唸っていました。
そして、頭を抱えこんでしまいました。
ワタシはとても心配でしたが、ソフィはやがてゆっくりとお顔をあげてポツリと言葉をこぼしました。
「……コニス……」
「コニス……ですか?」
ふと、ソフィの口からこぼれた言葉にワタシは小首を傾げ、なぜなぜな表情を浮かべました。
同時にすごく好きだと思いました。
「いや、その……昔、ボクが読んでいた大好きな本に出てくる、星に乗ってやってきた女の子の名前、なんだけどね」
「コニス……星……」
初めて聞いたはずなのにその名前は、ワタシの胸にすとんと落ちてきました。
「あっ……あの……」
「コニス、とても気に入りました。コニスという名前でも良いですか?」
「えっ!?」
ワタシが好きでも、ソフィがそうでないのなら嫌だなと思いました。
それが何故かは、ワタシにもわからなかったのですが、そう強く感じたのでした。
「ダメ、じゃないよ……僕が付けたその名前でいいなら。君が本当の名前を思い出すまでは仮の名前として使って」
「はいっ!」
「……それじゃ、改めてよろしくね。コニス」
トクンと小さく小さく何かが脈打つ音が聞こえました。
コニス。
それは、ワタシの好きなモノからソフィが付けてくれた名前。
コニス。
それが、ワタシの名前。
コニス。
それは、キラキラと流れ輝く星のように私の新しい希望を連れてきてくれた。
思わず私はその場所に急にすくっと勢いよく立ち上がりました。どうしてかは分かりません。
けれど、この出来事をどうしても大きな声で伝えたい人達がいたのです。
そう、きっと、いた、はずなのです。
ソフィが驚いた顔で見上げましたがワタシの表情を見て黙り込みました。
目から雨が降って、足元に降り注ぎ、空を見つめる瞳に映るのは星の輝き。
思い出せないその誰かに向かって出したことのない声で喉を振り絞ります。
「ワタシは、ワタシの名前はコニス!!! ここに居ます。 ワタシはここから、前に進みます!! ワタシの名前はコニス!! ですっ!!」
見上げた空の輝く星の間から、二筋の星が、寄り添ったまま遠く遠くへと、その光がゆっくり頷くように流れ、そして、消えていったのでした。
コニス編 完
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