『カイブツ』
ヤツは俺を見て嘲笑する。
「結構いいもん持ってんじゃん」
(…やめろ)
俺は身動きをとることもできず、ただただヤツを睨んでいた。
1日前──
「痛っ…」
カーテンから朝日が差し込む中、俺はベッドの中でうめいた。
(肌荒れか?)
最近仕事で疲れて風呂にも入らずベッドインし、
気絶したように眠り込んでしまうことが多かったことが原因だろう。
目を閉じたまま頬の辺りを触るとぷっくりとした“デキモノ”が見つかる。
(最悪だ…)
自分で言うのもアレだが、容姿にはそれなりの自信がある。
幼い頃はよく女の子に間違えられたし、中学へ上がった頃、親戚は美少年が集う芸能事務所に勝手に書類を送っていた。
そうつまり、中の上くらいの男である。
だからこそ、日頃会社という小さなコミュニティの中ではイケメン枠にいるための努力は怠っていなかったはずなのに…。
(…今日は早く帰ろう。マジで)
駅から会社へと向かう道──
日光がいつもよりも眩しく感じるし、妙な気だるさも感じる。
「おはよっ!」
馴れ馴れしく俺の肩に手を置く、この女は広報部の同僚ヨシエ。
一応付き合っている。
「今日の夜、何食べよっか? 中華がいいなぁ」
今日の夜はデートだったことをすっかり忘れていた。
俺はそれとなく“デキモノ”を隠しつつ曖昧な返事をしていたが、ヨシエはそんなことに気づく様子もない。
この女が好きなのは俺じゃない。
可愛い自分と、会社でちょっと人気のある俺と付き合っている自分なのだ。
得意の上目遣いで「楽しみだねぇ〜」と言いながらウキウキしたような素振りを見せる彼女を見ると、ますます気が重くなった。
(仕事が忙しいのは本当だし…あとで断りの連絡入れておくか)
その日、どういうわけか仕事は順調に運び、定時で帰宅した。
風呂から上がり、“デキモノ”を刺激しないようそっと軟膏を塗っていると、リビングから着信が聞こえる。
液晶には「ヨシエ」の文字。
げんなりしているうちに着信は切れるが、すぐにまた鳴り出す。履歴を見るとこれで5件目だった。
(もう潮時だな)
スマホをミュートしベッドに横たわると、そのまま眠りについてしまった。
どれくらい時間が経っただろうか──
カーテンからは朝日が差し込んでいる。
(よく寝た…)
昨日と同じように目を閉じたまま頬の辺りを触ろうとするが、うまく行かない…何かがおかしい。
(あれ…身動きが取れない。どうなってる)
誰かに抱きかかえられるような感覚で俺の体は動き出し、洗面台の前へ。
鏡に映った俺の姿を見て、俺は言葉を失う。
俺は俺自身ではなくなり、“デキモノ”の方になっていたのだ。
“俺ではない俺”は俺を見て嘲笑する。
そして、顔や体を撫でるように触りながらこう言った。
「結構いいもん持ってんじゃん」
(…やめろ)
俺は身動きをとることもできず、ただただヤツを睨んでいた。
この日から俺は“俺ではない俺”から、体を取り返す日々が始まる。
#短編 #小説 #感想求む
#いま私にできること #ルーティーン #共感 #小さな幸せ
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こんばんは。
ご挨拶遅くなりました。こづつみ山太郎です。
note2日目。
今日は、ふと思い立って短編を書いてみた。
▼コンセプト楽曲
平井 堅 『怪物さん feat.あいみょん』MUSIC VIDEO
ーYouTubeより
▼引用:関連記事
全編を通して裏腹言葉と反転表現の連発なので、言葉は平易だがちょっと難解と見せかけて、それでもわかりやすく、言いたいことはちゃんと伝わってくる。好き、嫌い、ふさわしい、ふさわしくない、知りたい、わからない、恋の渦の中の堂々巡り。まさに「バカになりきれない女のやるせなさ」だ。
ーReal Sound|リアルサウンド記事より
https://realsound.jp/2020/03/post-529378_2.html
自惚れで圧倒的に自己中心的な“俺”は、体を取り返せるのか。
体を取り返すことが本当に正しい選択なのか。
彼曰く、彼女のヨシエは自分の小さな変化には気づかないと言っているし、彼自身、仕事にやりがいを感じているわけではなく、あろうことか会社での人気取りに必至だ。外見がそのままであれば別に中身が変わってもいいのでは? 果たして何人の人間が、中身が彼ではない、と気づくのだろうか。
はたまた、実は彼のことを想っている女性がいるならば、きっと“彼”ではないことに気づくだろう。(ヨシエと違って)デキモノになった彼にとってその女性はどれだけ輝いて見えるだろうか。
自分大好きの裏側には、得てして「愛されたい」欲求が混在する。
一体彼は幼少期に何を体験し、現在が形成されているのか。
(彼の過度な自惚れは心理学で言う防衛なのか…)
これは彼にとって、環境や自分の在り方、考え方、生き方を変えるチャンスでもある。
※続きは全然考えられていないが、主人公や周囲を取り巻く人間を考え始めたら楽しくなってきたので、いつかエブリスタの方できちんと完結させたいと考えている。