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【読書記録】香君

上橋菜穂子さんの小説が4冊の文庫本になっていました。
春、夏、秋、冬、とてもきれいです。この物語は、人並み外れた嗅覚をもつ少女アイシャが国を救おうとするお話です。この国の根幹には、オアレ稲と呼ばれる貧困を救った奇跡の稲が存在していました。この稲の声をアイシャは香りにのせて聞くのです。すると……。

 頷いているように頭を垂れている稲穂はかわいらしく見えたが、オアレ稲の<香りの声>にアイシャは顔をくもらせた。
 こうして稲の傍を通っていると、市場などで風に香りを感じていたときよりずっと、眉間の辺りにさわるような、圧迫してくるような、その単調な香りの響きが気になる。

香君1 p69

ちょっと、気になりませんか?
私にはこの単調な香りという表現が、今の学校の光景によく似ているなって感じに思えてなりませんでした。同じように、均一に、育てやすいように。
これからの時代は、それじゃあ生き抜けないのに。

 オアレ稲の<香りの声>は、そういう畑の作物とも違う、異質な声だった。とても静かな、ただ呼吸を繰り返している音のような、単調な響きだ。 
 それでいて妙な威圧感がある。叫びたいのに叫べないものが、鬱屈してふるえているような、いつか耐えられなくなったとき、途轍もない絶叫が起きるのではないか、と思わせる、怒りを秘めた静けさだった。

香君1 p69~p70

何だか、嫌な予感がしますよね。
この物語は、この稲と帝国の支配の秘密がどんどん明るみになりつつ、どう共存の道を探っていけそうか?それを模索し続けています。解決策がビシッと示されるわけではありません。

「肥料の秘密は、いわば壮大な詐術。気づくには発想の転換が必要ですが、一方で、僅かなことが気づきのきっかけになる可能性もございます」

香君1 p144 

こういうセリフなどから現代の問題を知る手掛かりにはなるし、読み解き方や解釈次第で、いろいろと楽しめる物語。現代の食品の知識がある人ほど考えさせられる物語。(種子法の改正、管理システム、税金など)もちろん、知識はこれからつける人も物語自体の面白さで、あっという間に4冊読めてしまいます。さすが、上橋菜穂子さんのファンタジー作品!って思いました。

 香君は、婚姻はもちろん、男と関係をもつことも厳しく禁じられている。
もちろん、表向きにはそのような規範は設けられていない。しかし、万が一にも、特定の男との深い関係が生じた場合、カシュガ家の当主は、病死に見せかけて、その香君を密かに思惟に弑し奉り、速やかに次の香君選びを始めるよう、代々の皇帝から命じられている。

香君1 p198~p199

個人的には、香君と呼ばれているお姫様オリエと、密かに想い合っているマシュウ=カシュガとの許されざる恋の展開も気になります。ここは、読んでのお楽しみです。全体的には、恋愛系は薄めなので苦手な人も読みやすいはずです。

「オアレ稲には、厳重に守られてきた秘密がある。—―<芽生えの秘密>だ。それを知るのは、香君と皇帝陛下、そして、新旧両カシュガ家の当主と、その直系の子孫のみだ。
 それ以外の者が<芽生えの秘密>を知ったときは、知った者も明かした者も、裁判等の手続きを経ることなく、即座に処刑される」

香君2 p79 

だんだん、きな臭くなってきました。大きな国を治めるのもいろいろ大変なのでしょうが、読者としてはその秘密とやらが気になる所。何となく予想はつくけど、やっぱり先が気になります。そんな時に、アイシャのチカラ<香りの声>が力を発揮するのです。共存の道を模索するための、泥臭い活動の始まりです。

「アイシャ、危機が訪れると思っているのは、ほんの一握りの人たちだけなの。その一握りの私たちがやろうとしていることは帝国の根幹を変容させずにはおけないことなのよ。帝国は、奇跡の稲を求める人々の心によって結ばれている。オアレ稲を求める心は希望でもあり、欲望でもあり、同時に、従属を受け入れる納得と諦めの鎖でもある」

香君2 p103
 

何だか、オアレ稲が資本主義社会の中のお金と重なって見えてきました。
お金のために働く今の構造は、希望でもあり欲望でもあり同時に従属でもあるのです。昔からよくある構造ですが、もしも新しい国の形を作るとしたら、怒るのは今まで統治してきた王族たちでしょう。これは革命の幕開けなのでしょうか。この物語の中での香君とは、今の日本の天皇の位置のような存在です。人々のために祈るのです。物語の中では香りを読んで万象を知り導く者として描かれています。

物語が進み、突然アイシャが何者かに攫われてしまいました。


アイシャが囚われたのは海辺のとある島でした。

海に近い土地では、稲は育たないと言われていたのですがこの土地ではなぜかオアレ稲があったのです。ただ、問題もありました。

「今更言っても詮無いことだけれど、そのときの私はオアレ稲がどれほど人口を増やしてしまうか、考えていなかった」

香君3 p23

食料が安定供給されたら自然と子どもが増えていきます。餓死の心配がないから。でも、増えた後にこの稲がなくなったら……。
何だか、今の食品の価格上昇と昇給しない給料の関係みたいに見えてきました。ここで、国の制度を知っていたり、近所に助けてくれる人がいればみんなが助かる道もあるのでしょうが、現実には悲しい事件も存在しますよね。知識と行動力。それさえあれば助かった命もあるのに。

「子どもが増えても、オアレ稲はその口を支えてくれていたから、誰も気にしなかったし、むしろ、喜ばしいことだと思っていたけれど、私は気づくべきだったのよ、それが孕んでいる危険に。
 オオヨマにやられ、オアレ稲を失ったいま、私たちは、元々の産業だけでは膨れ上がった民の口を支えることができない。
 オアレ稲の藁で養った牛や豚は大きく育って肉質が良くなり、多く仔を産むようになるけれど、餌を牧草に戻すと、とたんに産む仔の数が減って、肉質も悪くなる。その上、オアレ稲を作った場所では他の穀物は育たない。—―――以前より大幅に増えた人口を支えるための食糧生産のすべが、いま、私たちにはないのよ」

香君3 p24

オオヨマとは稲の害虫です。虫が稲を食べてしまい、稲がなくなってしまいました。何だかオオヨマという存在が、税金の裏金とか横流しとか勝手にお金が喰われてしまっている構図にも見えなくもありません。
そして、牛や豚の肉質とは脂肪分のことかもしれません。それって、本当に必要なのか?と現代人に問うているようにも見えますが、美味しいと感じてしまう人の性なのでしょう。欲望。
(オアレ稲を求める心は希望でもあり、欲望でもあり―――)という言葉がそのまま当てはまるように思います。私の中ではいろいろ繋がっていきます。オアレ稲に依存しすぎている危険性と、お金に資本に依存しすぎている現代の危険性。
なんてことを私は考えているので、なかなか物語が進みません(笑)

話を戻します。アイシャはどうなったかと言えば、捉えられた島の君主ミリアに子孫を残さぬ稲に子孫を残せるように改良せよと命じられてしまいました。ただ、その命令は<芽生えの秘密>に関わることなので教えられません。

「種籾を作る方法を見出すなど、決して、してはならぬことだ。たとえ出来たとしても、そんなことを藩王国に教えてしまえば帝国は崩壊する。――だが」

香君3 p102

「オオヨマが帝国本土でも発生したというのが真実であれば、ミリアが言うように、あの稲は人々を救う希望の光になる」

香君3 p102

一世代限りの稲という縛りがあるからこそ、もう一度稲をもらいに行く契約で成り立つ関係なのです。でも、ほっておいても毎年稲がなるのならば契約なんていらず、実は自由にのんびり暮らせるのです。民がそんな自由になったら、帝国のいう事は聞かなくてもよくなり、稲税なんて払いたくなくなります。税で暮らしている藩王たちは困ります。これが嫌なのです。支配者側は。民に自由になってもらっては困る。でも、生きていてくれなきゃ稲税が入ってこないから藩王たちも困ります。
ちょっと、携帯の3年縛りの契約にも似ているかもしれません。

アイシャは、希望を求めて稲の改良に着手しました。そして

――……来て! ……来て! ……来て!

香君3 p97

このオアレ稲の悲痛な叫び声をアイシャは感じとり、ここから新たなる驚愕の事態が発生してゆくのです。


恐れていた災いが凄まじい速さで広がっていきます。
何だか、コロナ禍みたいです。コロナを経験した私たちだからこそ、そう読みとれるのかもしれません。

ついにアイシャは皇帝に

「陛下、どうか、一期分の全焼却をお許しください。――私たちが、この先も、オアレ稲を作って生きるために」

香君4 p48

と、言ってしまいます。
ここから皇帝の苦渋の決断と、香君の登場からの読み応えあるシーンが続々と出てくる最終巻。最後はどうなるのか気になりますよね。これ以上書くと、完全にネタバレになってしまい楽しみがなくなるのでぜひ、ご自分でお手にとってお読みください♪私は、読んでよかったです。

何よりも、この最終巻で明かされる上橋菜穂子さんの参考資料の数々がまた圧巻なのです。1つの物語が完成するまでに、これほど読みこみ、取材をしている姿に、尊敬のまなざししかありません。
参考資料の1つに

こんな本もあったので、紹介してこの記事を終わりたいと思います。
読んで頂きありがとうございました。




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