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【読書記録】水を縫う(寺地はるな)

「それなら私の代わりにあなたが時短勤務して」
「男で時短なんて取れるわけないだろう!」

いつだったかそんな夫婦喧嘩をした。口にした瞬間に後悔すると、案の定、鬼の首を取ったように反論される。理想的には妻の言うことがまったく正論だ。

でも現実は違う。これまでみたいに残業せずに帰るだけでも大変なんだ。育休取るのだって肩身が狭かったんだ。そういう分担にすることは話し合って決めただろう。

そう話しながら、ああ、まだ自分は固定観念に負けているのだと気づいて嫌になる。話し合って決めたつもりになっていたのは自分だけだったのではないか。男が時短なんて取れるわけがない。本当に嫌な言葉だ。

寺地はるなさんの「水を縫う」を手に取ったのは、いつもの日経書評がきっかけだった。「家族小説」「みんながそれぞれの“些細な問題“をかかえている」という北上次郎さんの紹介だった。

感想(ネタバレあり)

本を開いてみれば“些細な問題“というのはそれぞれの“固定観念との闘い“だとわかる。男として、女として、母親として、妻として、高齢者としてのしがらみや思い込み。些細というよりは、生き様にかかわるような問題との戦いに思える。

それにしても、男である自分はなんて呑気に生きさせてもらっているのだろう。頬をつねられるような思いがする。

そして5章から描かれる父と子、そして家族の物語。全が本気を出すシーンから一気に熱量とスピードがあがって、目が離せなくなる。

ラスト近くでは水青の表情の描写がよくて……。

「気に入った?」の返事はまだ聞けていないけれど「すぐ来て、来て」と連呼する姉の頬が紅潮してぴかぴかに光っていることが、ぜんぶの答えなんだろう。

気がつけば清澄といっしょに自分も少し高揚したまま、最後まで読み終えていた。

いちばん印象に残ったのは全(黒田)が清澄に名前の由来を語る場面。「流れる水であって欲しい」という言葉は読者にも刺さるもので、前を向くための励ましになる。

固定観念を吹き飛ばしていく彼らを少しでも見習いたい。またそれ以上に、固定観念で誰かを傷つけることはないようにしたい。そうすれば、不毛な夫婦喧嘩を繰り返すこともないはずだ。この感覚は忘れないように、よくよく記憶しておきたい。

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