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小樽と札幌を満喫する3日間(車いす、旅に出る その3)


北海道ワインの工場へ

2日目、お昼を食べたら次は北海道ワインのワイナリーに行く。
まずはホテルに戻り、部屋にWHILLを置いて、杖を突いて出てくる。ここからはタクシーで行くつもりだ。予定の目的地が、手押しの車いすを貸してくれるのを確認したので、今回は介護タクシーではなく使い勝手の良い一般のタクシーで行こうと考えている。家族に押してもらうので可能になった。

ホテルのフロントに頼むとすぐにタクシーが来た。さすが観光地だ。慎重に乗り込んで出発。ワイナリーは小樽市街から車で15分程かかるらしい。
やがて街を抜けると、徐々に標高が高くなってくる。どうやら紅葉が始まっているようだ。森の中を進み、開けたところに出ると見えてくる。北海道ワインの工場だ。ここでは醸造を手がけていて、ぶどう畑は別のところにあるらしい。

タクシーは階段のある入り口の前に付けてくれた。帰りもお願いしたいのですが、と運転手さんに聞くと、名刺を出して「携帯電話へ連絡してください。すぐ来られますから」と渡した。受け取った妻は私たちと同じ苗字に驚いている。私たちの苗字などどこにでもあるが、このタイミングで会うとは。少しだけ親近感を覚えた。

北海道ワインのギャラリー入口。スロープがないのでここからは入れない

車を降り、階段下のベンチに腰掛ける。妻が受付まで行って、車いすを準備してもらい、一般の見学者とは別のものだと思われる、裏口からのルートに案内された。工場の中にはいろんなタンクや機械が置いてある。私たちは頭にネットを被って説明を聞いていった。

工場見学が終わると別の部屋へ通された。そこは薄暗く、映画が上映できそうな大きなスクリーンがあった。実際に上映されたのは美しい葡萄畑の動画で、季節の移り変わりを短時間にまとめていた。この会社の「小樽が好き」「北海道が好き」「ワインが好き」という熱い気持ちが入っている、迫力ある映像だった。

試飲室という名のステージ

その気持ちを感じながら次の部屋に移ると、そこがワインの試飲室だ。試飲のイメージよりも、スポットライトにワインとワイングラスがキラキラと照らされて、幻想的な雰囲気のステージというべきか。

照明に浮かぶワインとワイングラス

照明が明るくなると、そこは貯蔵庫のようだった。そこで奥に進むよう促された。

明るくなると貯蔵庫であることが分かった
そこに並んで試飲室もある

ふと疑問に思った。もしかしてここは貸切なのか?私たちは別のルートで来たつもりでいたので、最後は一般のお客様も合流するものだと思い込んでいた。それが、どうやらそれらしい人は他にいない。案内人に聞いてみると、「たまたまですが、他にお客さんはいません。前の時間帯はツアーのお客様が多かったですけどね。どうぞ皆さんだけでゆっくりとお楽しみください」これはラッキーだ。少しふざけて「あっ!」と大きな声を出してみた。妻にはひんしゅくだが、娘たちはクスクス笑っていた。

何種類もワインを楽しむ

席に着くと大きなワイングラスが4つある。明かりを落とした部屋にスポットライトで照らされている。案内人がとても慣れた手つきで順にワインを注いでいくと、そこが宙に浮いたようになって幻想的だ。彼は工場のスタッフかと思っていたが、実はソムリエだったのだ。ワインを注ぎながら銘柄を紹介してくれた。

4種類のワインはそれぞれに個性的で、上品な味だ。樽の香りがするなど、色々あって楽しい。

途中でチーズや燻製などのおつまみが出された。ソムリエ曰く、ワインを楽しむだけでなく、料理の美味しさをワインが引き立てることも楽しんで欲しいとの事。なるほど。いいことを教えてもらった。
試しに飲んでみたら、チーズの味も変わってとてもおいしい。これまで、ワインと相性の良い料理についてうんちくを述べる知り合いもいたが、私は気に留めなかった。しかし本当にワインと食事の相性ってあるのだなと、初めて納得した。

チーズだけではなく、鮭の燻製などバラエティーに富んだ北海道のおつまみ

特に1番目の白ワインとブルーチーズが、最高の相性だと感じた。そんな話を家族と楽しんでいた。
4つを全種類飲んだ後、一番好きなワインを同時に指で示そうという事になった。しばらく考えた後「いっせいの、せ!」で指差したが、全員が違うグラスを選んでいた。趣味が合わないなあと笑いつつも、それぞれ最高に美味しいという事だろうと思った。

笑顔で見ていたソムリエは、ボトルを5本目、6本目と次々に開けて、テイスティングの追加を始めた。私は4本のコースを頼んだのに、どうしたのかと訝しんだら、サービスだという。みんな嬉しくなって、遠慮なく飲み始めた。娘たちは二十歳になったばかりなので、そんなに飲めないはずだが、親に似たのか。しかし、これだけのバラエティに富んだワインを楽しむ事はそうそうないので、嬉しいのだろう。おかわりをしなければ良しとしよう。

創業50周年の記念映像

私たちの会話は弾んだ。やがてソムリエが「弊社は創業50年を迎えまして、その記念に動画を撮影しました。お話ししながらで構いませんので、よろしかったらご覧ください」と言った。そんなこと言わずに、是非見せてください。
その映像は先程と同様に、北海道の自然を愛し、誇りに思う気持ちが伝わってきたが、ここでは特に生産者にスポットライトが当たっている。人がワインを作っているのだということが、改めて分かる映像だった。醸造家(北海道ワイン)の生産者(農家)への感謝の気持ちでもある。
しかし農家さんにおもねることはしない、とも言っていて、両社が対等な良い関係を作っていきたいのだなと思った。では、ワインを作るにあたって主役は、生産者と醸造家とどっちなのだろう。

あなたはどう思いますか?と、ソムリエに聞いた。すると少しかしげて考えた後、このように言った。「私はソムリエとして、縁あってこの会社の社員として働いていますけど、この会社にいると、生産者にも醸造家にも近い、特別な立場にいると感じます。また今日のように、お客様の近くで感想や反応を間近にお聞きし、それを彼らに直接伝えることができる。そしてそれが彼らのモチベーションにも繋がる。私はその橋渡しのようなポジションが、とても嬉しいですね」

ワインという飲み物を通じて、多様な人々が繋がるということか。ワインが中心にあり、他の出演者がそれぞれの役を担っていく。そこに私たち消費者も入っているのかもしれない。楽しいひと時だった。

工場見学と試飲はおしまい。最後にソムリエ兼案内人に案内されたのは、お土産コーナーだ。先程までとは異なる明るい店内に、ワインがずらっと並んでいる。高価なものから廉価なものまでさまざまだ。
工場に来るまではお土産にワインを買うつもりはさらさらなかったが、いい話をたくさん聞いたし、妻や娘たちも飲み足りない様子だったので、購入することにした。ホテルに帰ってからみんなで飲もう。

お土産コーナーを出ると、妻が先程のタクシー運転手に電話をかけた。数分で来られるということなので、表に出て駐車場の向こうで待つことにした。車いすを娘に押してもらうのも、少々照れくさい。空気がさわやかで、気持ちいい。
やがてタクシーがやって来た。次は帰るのではなく、天狗山ロープウエイの山麓駅に向かってもらった。そこで駅の車いすを借りるのだ。

天狗山ロープウェイに乗る

山麓駅のプラットフォームは2階にあり、1階からは階段で上がる。私はどうするのかと見ていると、階段の壁に後付けした簡易エレベーターを使って登るらしい。私が車いすのままそれに乗り、係の人がボタンを押すと、警告音と共にゆっくりと上がっていった。別に他の人に見られるわけではないが、軽やかな曲がなんだか恥ずかしい。

周りを見渡すと、壁に有名人の写真やサインが飾られているのに気づいた。係の人に「こういった方は良く来られるのですか」と訪ねたが、「多いよ。最近も芸能人が来てロケしていたんだけど、誰が来たのかよく知らないんだ。おじさんなんで」と笑っていた。いえいえご同輩、こちらもおじさんですよ。

プラットフォームに到着すると、並んでいた乗客の一番前に連れていかれて、ゴンドラにスロープをかけて乗せてもらった。意外とイメージより小さく、乗車人員は30人だそうだ。車いすのスペースもちゃんとある。私が初めに乗ったのだが、後からどんどん人が乗り込んでくると少々揺れる。
建物の中にいたので気が付かなかったが、窓の外が暗くなりつつある。夜景の時間にぴったりだ。するとゴンドラが上りはじめた。暗いゴンドラの中で、小樽の美しい夜景が遠くなってゆく。

山頂駅に着いた。外に出ると少し寒い。秋というより初冬の気温か。駅より少し上の方では熱気球が上がっている。それは観光客を乗せているという。夜空に赤々と光って、大きなランプのようだ。

他にもあちこち見て回る予定だったが、車いすの通れる舗装路がやや限られている。さすがに砂利道に入ったら出られなくなりそうで避けた。私は展望エリアの手前で待ち、家族や一般の方が思い思いに写真を撮る姿を眺めていることにした。みんな楽しそうだ。

家族が戻ってきて、車いすで行ける展望台を探しに行こうと言った。狭い坂を緩やかに下りてゆき、第二展望台まで来た。そこは人が少なくて、いい写真が撮れた。記念になりそうだ。でもやっぱり寒い。写真が取れたら急いで戻ろう。交代してもらいながら坂を登った。

あたたかい駅舎まで戻ると、お土産コーナーがあった。ロープウェイの時刻までは間があったので暇つぶしに見ていると、その隣に「天狗の館」という資料館があった。無料で見られるので、ちょっと覗いてみよう。
資料によれば、天狗山の由来となったのがここにある「天狗山神社」で、天狗にゆかりの深いところらしい。奥に進むと壁いっぱいに多くの天狗のお面が飾ってある。日本各地の天狗の歴史や違いについても展示してあって、意外に見ごたえがある。天狗は恐れられながらも、地域の人々に愛されてきたのだなと感じた。

大小様々な天狗面が壁一面に

なるとの半身揚げが食べたい

下りのロープウェイに乗って山を降りてきた。タクシーの運転手に3度目の連絡をしたら来てくれるそうだ。外は寒いのでロビーで待たせてもらった。その間、夕食についてみんなはどうしたいか聞いてみた。全員「なると」の半身揚げが食べたいそうだ。今度は意見が合う。

タクシーに乗り込んで出発。運転手さんに、ホテルに帰る前に「なると」に行きたいのだが、と場所を尋ねた。すると幸いにもホテルに近いということがわかった。それならそこに寄ってテイクアウトで半身揚げを買い、それからホテルに戻ってみんなで食べようと言うことになった。
スマホでサイトを見ていた長女がネットで注文ができることを見つけた。それならスマートに買えるではないか。

小樽駅前を抜けて、すぐに到着した。商店街のようだが、周りのお店は灯も落としていて、夜の闇の中にそこだけが煌々と明かりを照らしている。テイクアウトの人もイートインの人も、お客さんが大勢いて活気があった。
お店の前に車を止めて長女が買いに行った。その間、運転手さんに「このお店は人気があるのですか」と聞いてみた。やはりとても人気らしい。「日本のクリスマスはケンタッキー、という法則みたいなものがありますが小樽は違います。クリスマスも“なると”ですよ」だそうだ。期待が大きくなる。

しばらく待ったが戻ってこない。心配になって妻がお店に行った。それでもまだ時間がかかる。首を伸ばしてみると、レジで店員さんと3人で話し込んでいる。運転手さんは「そんなに時間がかかるはずないのにな」と不思議そうに言った。

やっと戻ってきた。どうしたのかと妻に訊くと、「ここは本店だけれど、その予約に入っていないの。どうやら本店ではなく、“朝里本店”に入っているらしいのね。朝里本店は遠いらしいから、申し訳ないけどキャンセルしてもらって、これから新規で揚げてもらうわ」どうりで時間がかかるわけだ。聞いてびっくりだが、本店でも2種類あるのか。これは間違っても責められない。スマートに替えなかったのは残念だ。
私と次女は先にタクシーでホテルへ帰り、妻と長女がお店に残って夜の道を歩いて帰ることになった。どちらも駅周辺で距離的には充分歩ける。

トラブルに遭ったがやっと夕食だ。まずはお土産の「おたる醸造」を開けて乾杯しよう。ところが女性は非力なのか慣れないのか、コルクの栓がなかなか抜けない。仕方がないので3人に必死で押さえてもらって、私の左手で栓抜きを引き抜く。「ポンっ」と良い音がした。みんなで歓声を上げた。乾杯。今日はお疲れ様。ずいぶん歩いたね。
次はお待ちかねの半身揚げだ。一人に一つだとかなり大きいので、半分に切り分けて食べることにした。四分の一身揚げだ。衣は薄く、あっさり醤油味。これは一人で一つ、ぺろりと食べてしまいそうだな。最高な悪魔の食事だ。家の近くに支店があったらはまってしまうな。妻も娘たちもおいしそうに食べている。
小樽のB級グルメをホテルでつまみながら、おたる醸造を家族で楽しむ。嬉しい夜だ。(続く)


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