見出し画像

18: 逃げられない国の住人たち I

加藤隆弘(かとう・ たかひろ)
九州大学大学院医学研究院精神病態医学 准教授
(分子細胞研究室・グループ長)
九州大学病院 気分障害ひきこもり外来・主宰
医学博士・精神分析家

『みんなのひきこもり』(木立の文庫, 2020年)
『メンタルヘルスファーストエイド』(編著: 創元社, 2021年)
『精神分析と脳科学が出会ったら?』(日本評論社, 2022年)

木立の文庫で来月刊行の本は
このnote連載が土台となっています。
『逃げるが勝ちの心得――精神科医がすすめる「うつ卒」と幸せなひきこもりライフ』

巻頭で「にげられない」シーンのバリエーションをお示しします。

☆『みんなのひきこもり』に引き続いて
 おがわさとしさん〔京都精華大学マンガ学部教授〕が
 私の原稿を読み込んで「ひとコマ漫画」として描いて下さっています!!

8050問題

——会社から逃げてひきこもった50代の男性Iさんは…


〇 ひきこもり歴10年以上になる50代前半のIさん。両親は団塊世代で、父は当時右肩上がりの電気メーカーのエンジニア、母は専業主婦。5歳年上の兄は、勉強も運動もでき上場企業の営業職として活躍しています。兄と違い、運動音痴で勉強も数学・理科以外は苦手で人づきあいも苦手であったIさんは、地元の国公立大学工学部に進学しました。

〇 就活はどの会社でも二次面接がうまくいかず、結局、コネで父親がつとめる会社の子会社にエンジニアとして就職しました。専門スキルが高く、社内では高く評価され、30代半ばには係長となり、部下を数名抱えるようになりました。ところが、職人気質で融通が利かないというIさんの性格が災いとなり、部下や上司との意見の不一致が多くなり、ある飲み会の席でイライラした勢いで部下と口論になり、怒りの感情を抑えられず部下に暴力を振るってしまったのです。

〇 この件で懲戒処分となったIさんは、父親の面子を保つためにという理由で自ら依願退職しました。その後、幾つかの会社で働きますが、どこの会社も一年と続かず、30代後半から自宅にひきこもっています。ちょうどその頃、母親が骨折し、母親の介護をすることでIさんは自宅にいることを正当化できているようでした。その数年後には父親が脳梗塞で突然他界し、以後、母との二人暮らしの生活が続いています。

〇 年々衰弱してゆく母親の世話をすることが、唯一の生きがいとなっています。遠くにすむ兄は、いつまでもひきこもり状況にあるIさんに対して不満を抱えていますが、母は兄に「あの子がいるから、私は助かっているのよ」といい、兄もそれ以上のことは言えずにいます。

――なぜIさんは、母親とひきこもり続けているのでしょう。
――Iさん、もっと上手に逃げる術はなかったのでしょうか。
――Iさんに対して、家族はどう関わっていけばよいのでしょうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?