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【エッセイ】校長室呼び出し 『千葉周作』

中学3年の春、校長室に呼び出しをくらった。ある日掃除の時間から戻ると、クラスメイトが、「校長先生が探してたよ」と教えてくれた。挙句、担任まで、心配したような顔で「帰りのホームルームの後に校長室によるように」という。青天の霹靂とはこのことである。自分は優等生だと思っていたから、呼び出されているというその事実がショックだった。

緊張して校長室へ向かうと、校長先生は楽しそうに二冊の本を取り出した。千葉周作。津本陽、作。
「いやあ、こないだ部活動を回っていた時に君の引き面を見たんだよ。それで、ぜひとも次の大会ではここにある千葉周作のようにいい面を打ってほしいと思ってね。」
拍子抜けとはこのことである。そういえば、この間の剣道部の最後の練習に、いらっしゃったような、気も、する。

そもそも、中体連を目前として、これを上下巻読み切って、かつ実技に生かせということなのか。剣術色の強い剣技を極めた千葉周作と、スポーツとしての色が強い剣道を同じように扱えると思っているのか。…と、ここまで考えて、思い出した。二年前、中学一年の春に自分が剣道部に入部した理由を。

そういえば私はミニバスを小学校の4年から3年間続けていた。うちの小学校の児童たちはそのままみな同じ中学に入学する。同じようにバスケをしていた子たちからは、お前と中学でも一緒にやる前提でバスケ部に入ったのに、と後でどやされた。

それもそのはずだ。私自身、小学校を卒業するその時まで、自分はバスケ部に入るのだと思っていた。ところが、中学入学を目前とした春休みに、私のバスケ部入部の志ははかなく泡と消える。「るろうに剣心」に手を出してしまったのである。

飛天御剣流を極める、というありえないモチベーションをもって剣道部に入り、地域の武道館にも通い始めた。当時の私に言いたい。剣術を極めた幕末の緋村剣心に、ただの部活動で3年間スポーツとして剣道をする自分が近づけると思っているのか。そんなものは、一度も武道を志したことのないものが言う、甘っちょろい戯言でござるよ、と。

結局三年こっきり、引退試合以来あの臭い防具を身に着けたことはない。中体連のたいていの決め手は、出ばな籠手だった。校長、ごめん。

ただ一つ言いたい。
本気かどうかもわからない感情で飛び込んだ世界も、悪くはなかった、と。
だから思う。
20代になった今も、あの感情を大事にしたい、と。


「千葉周作」上下巻 津本陽


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こだち。
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