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小説で夢想した、幻想的な平安の世へ〜一「陰陽師」シリーズファンによる「陰陽師0」映画感想文(ネタバレなし)〜
夢枕獏さんの小説「陰陽師」シリーズのファンである筆者。
とても楽しみにしていた、映画「陰陽師0」を観た感想について、心ゆくままに書きつくれば。
映像について
今回の映画「陰陽師0」。
夢枕獏さんの「陰陽師」シリーズファンとして、大いに楽しませていただきました。原作「陰陽師」シリーズで夢想し続けた、幻想的な平安風景が、スクリーンいっぱいに広がっていたのですから。
夢枕獏さんの「陰陽師」の世界は、ごく短い短編でさえぐいぐいと引き込まれる魅力があります。 さながら、四季折々の平安の情景が匂い立ってくるような・・・。
映画の始まりは、なんと北村一輝さん演じる天文博士が平安言葉を話し出します。 これが非常に本格的すぎて驚きます。そして、「ここからは現代語で」という津田健次郎さんのナレーションで現代語設定になるのはなんとも粋。それだけ、本物志向なんだなとワクワクさせられました。そこから、陰陽寮の学生(がくしょう)になったかのように、陰陽師の世界に入り込んでいきます・・・。
佐藤嗣麻子監督と、白組のVFXにより作り出された世界は、匂い立つような幻想的な魅力を含めて、まさに極彩色の夢の中のようでした。
やはり、陰陽師ものと、最新映像技術との相性はすこぶる良し。
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衣装について
「陰陽師0」は、衣装もとてもカラフルで美しく、目を楽しませてくれます。
これが狩衣等とちょっと違って、現代風のアレンジかと思いきや・・・。
パンフレットやビジュアルブックを読むと、舞台と同じ平安中期の絵巻を参考にした本格的なものなんだそう。ふわりと柔らかい衣装は、時代考証に基づいたものだったんですね(参りました)!若き日の安倍晴明の衣装は、ラピスラズリを思わせるブルーがとても美しいです。
晴明の術について
若き日の安倍晴明役は、山崎賢人さん。
山崎賢人さんの晴明は、流れるように呪を唱え、手印を結ぶ様も非常に流麗。まさに、澱みなく流れる清流のような美しさです。
それだけに、それ自体が本物の神聖な儀式であるように、観た者に思わせてしまう説得力。
・・・欲を言えば、晴明が術を使うシーンはもっと観たかった。
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閑話休題:帝釈天印と「無量空処」
晴明が結ぶのによく登場する手印が「帝釈天印(たいしゃくてんいん)」。
大人気漫画の「呪術廻戦」での人気キャラクターにして最強の呪術師・五条悟も、「無量空処」で似たような印を結びます。
映画を観て、「無量空処だ!」という方もいますが、ちょっと違います。
「呪術廻戦」でも「陰陽師0」でも、呪術監修は加門七海さんが担当されています。だから似ているのは尤もですが、「無量空処」は帝釈天印がモデルになったものと考えられ、よくよく見ると違うのがわかります。
気になってしまい、実際に自分の手でやってみた筆者・・・。
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帝釈天とは仏教における最高神で、雷を司ります。
関節の位置にまで意味があるとのことなので、厳密に正しいやり方ではないです。
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右手で人差し指を内側に中指とクロスさせます。
(出典:漫画「呪術廻戦」)
呪について
事実と真実について、「陰陽師0」での安倍晴明はこんな興味深いことを言っています。
事実:あるがままの出来事
真実:その人間の主観に基づいて導かれた結論
→個人個人の受け取り方によって変化する「概念」であり、「呪」
「真実は人の数だけあるってことさ」
同じく今まさに劇場公開されている、名探偵コナンの名台詞
「真実はいつも一つ!」とは真逆ですね。
筆者は名探偵コナンも大好きですが、真実とは一つか、人それぞれかと問われたら、迷わず「人それぞれ」だと答えるでしょう。
人間は、起こってしまった物事を<事実>として受け止め、それを踏まえた上でどう生きていくかという<自分だけの真実>を、自らのうちに作り出して生きていくものだと思っています。
「事実+事実を認識した人間の解釈=真実」なんですよね。
事実と真実を明確に分けるのは、思い込みをメタ認知し、アドラー心理学的に言えば、「自分の人生を生きる」第一歩でもあります。
陰陽師ものが問いかけるものは、現代における哲学に通じるものがあるように思われます。
ホームズとワトソン並みの名バディについて
ところで、名探偵コナンでも、コナンは新一の声でこう言っていました。
「おじさんがおばさんを撃ったことが<事実>でも、
それがイコール<真実>とは限らないんじゃねえか?」
事実と真実を明確に分けようとする姿は、さながら平安版シャーロック・ホームズ。実際、足跡などの丹念な観察から、その目で見ていたかのように事件発生時の状況を語ってみせるのは、ホームズと同じです。
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そして、晴明のバディたる博雅は、まさにワトソン。
お互いがお互いに良い影響を及ぼしあえる、最高の二人組としての説得力が、山崎賢人さん演じる晴明と、染谷将太さん演じる博雅にはありました。
山崎賢人さん演じる晴明の数十年後は、野村萬斎さんが演じた晴明になっていても違和感がない、とさえ思えました。
博雅に至っては、今までのどの映像作品の中でも、今回の染谷さん演じる博雅が、人となり的には一番ハマっていたかもしれません。
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原作ファンとして嬉しかったのは、晴明と博雅がほろほろと酒を飲んで語らう「いつもの」シーンが、美しい月夜とともに映像化されていたことです。
このシーンあってこその晴明と博雅、と言っても過言ではないくらい、夢枕獏さんの原作「陰陽師」に毎回登場します。
匂い立つような美しい平安の情景の中での、二人の酒宴。
それが小説を飛び出し、スクリーン上で幻想的に展開されていたことに、原作ファンとして感動したのでした。
ここから、あの二人の物語が始まるのだなと。
最後に:大沢たかおさんから山﨑賢人さんへ。青き衣の晴明の継承。
今回山崎賢人さんは、ラピスラズリを思わせるブルーの衣装が美しい、若き日の安倍晴明を演じられていました。そこで筆者が真っ先に思い出したのは、大沢たかおさんがかつて演じた安倍晴明でした。
大沢さんも安倍晴明を演じられたことがあるのを、皆様ご存知でしょうか?その時の安倍晴明も、青き衣の晴明でした。
その作品は、「INSPIRE陰陽師」。以前に記事で触れております。↓
こちらの「INSPIRE陰陽師」、2020年末から2021年始限定で上演された舞台です。新型コロナウイルスパンデミックにより、私たちの日常がこれまでにないほど大きく揺らいだ年。まさに、そんな未曾有の年を「祓う」という意味を込めて、「除災招福」をテーマに掲げていました。
ストーリーとしては、平安に生きた安倍晴明が謎の日食が続く令和の時代によみがえり、世界と人の心に巣食う闇を祓うというものです。
人の心の闇を祓うというテーマは、まさに「陰陽師0」にも共通します。
そして、陰陽師0と同じくラピスラズリを思わせるブルーがテーマカラーであり、「INSPIREブルー」という愛称もありました。
大沢たかおさんと山崎賢人さんといえば、映画「キングダム」シリーズ。
山﨑さんが、奴隷の少年にして大将軍を目指す主人公の信、大沢さんが、信が目標に掲げる天下の大将軍・王騎を、それぞれ演じられています。
映画「キングダム」で師弟関係だった 大沢たかおさんが「INSPIRE陰陽師」で、 山﨑賢人さんが「陰陽師0」で、 それぞれ青き衣の安倍晴明公を演じているというのも、 また運命的なご縁かと。
大沢さんの激励の言葉に、山﨑さんが涙を流して感動されたというエピソードもあるだけに、そう思わずにはいられなかったのでした。
さて、次に心待ちにしている邦画はもちろん、「キングダム」最新作です。
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