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完全公開 巻物 八景十境:2 /文京ふるさと歴史館

承前

 《太田備牧駒籠別荘八景十境詩画巻》(以下「《八景十境》」)は、儒者・林鵞峯による漢詩の書巻と、詩に詠まれた風景を狩野安信が絵にした画巻からなる。
 「八景」は、駒込別荘から眺望できた富士山や筑波山、不忍池などの遠景、「十境」は、庭園内の見どころ10か所を指す。家康からこの地を拝領し、別荘を築いた掛川藩太田家の初代・太田資宗の依頼によって制作されたと考えられている。

 本展では、全長約6メートル(書巻)+約11メートル(画巻)にも及ぶ《八景十境》の全場面を、会期中はずっと公開。展示ケースは、この展示のための特注品だという。
 この館のポスターやリーフレットを他館ではさほど見ない印象があるのだけれど、今回にかぎってはよく見かける。図録も出されていた。開館30周年記念を銘打つだけあって、ことのほか気合いの入った展覧会のようだ。
 絵巻の全体を同時に観ることのできる機会じたい、そう多くは巡ってこない。順を追って、ときに現地の情景を思い浮かべながら、絵のなかへと入りこんでいった。
 「瀟洒淡麗」と評される江戸狩野の湿潤な筆は、静かに流れる山居での時間を理想化して描写している。四季の景物を織り交ぜつつ展開される画面は、その筆致も相まって、まことにおおらかな雰囲気。「こんな別荘、あったらいいな」と思わせる、魅力的な作となっている。

 この画巻は絵図の類とは性格が異なり、かならずしも克明な記録とはなっていない。大胆な省略やデフォルメが、各所に加えられてはいる。しかし……こうもしっかりと見せられてしまうと、どうしても、現地のようすを確かめてみたくなるというもの。
 聞けば、画中に描かれた別荘の敷地の一部は近年まで太田家が所有しており、現在は文京区に寄贈されて「文京区立千駄木ふれあいの杜」として一般公開されているとか。文京ふるさと歴史館のある本郷からも徒歩圏内だ。
 本展を観覧する動機としては、作品と、そこに描写されたじっさいの場所とを同日に訪ね、江戸の息吹を一端でも体感してみたいと考えたことがあった。いわば、フィールドワーク込みの美術鑑賞という恰好。
 太田家をめぐる小さな旅は、なおつづく。(つづく



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