東博の「飛び地」 〜松永耳庵の柳瀬荘へ
東京・上野の東京国立博物館。
その “飛び地” が、埼玉県所沢市にあることをご存じだろうか。
茅葺き屋根の大きな古民家「黄林閣(おうりんかく)」を中心とした「柳瀬荘」である。
実業家にして茶人、「耳庵(じあん)」こと松永安左エ門の旧別荘で、この地を舞台にあまたの名品が披露され、また政財界の要人を交えた密談がおこなわれた。
昭和23年(1948)、コレクションとともに東博に寄贈。現在も東博の管理下にあり、毎週木曜日に限って無料で公開されている。
JR武蔵野線の東所沢駅から、バスで10分強。都心からは近いとも遠いともいえそうな立地だが、木曜のみという縛りもあって、なかなかにハードルが高い。
今回はたまたま木曜の予定が空いており、訪問が叶った。
バス停から田園風景のなかを歩いていくと、左手に鬱蒼とした森が現れる。5000坪を超える山林も、柳瀬荘の構成要素である。
ほどなくして、黄林閣の巨大な茅葺き屋根が見えてきた。離れていてもわかる大きさ・高さに、度肝を抜かれる。
鉄の柵には、上野公園で見馴れたものと同じような看板が掛かっていて、ここがたしかに東博の飛び地なのだと意識させられた。
なにをとってもスケールの大きな「豪農の館」といった風情で、侘びた田舎家の趣はさほど看取されない。
パンフレットを見たところ「民家というよりは寺の庫裡を思わせる」と書かれており、まさしくそのような印象と思われた。大屋根のかかりはじめる位置が高めにとられているゆえの錯覚であろうか。
そもそも「黄林閣」とは、禅堂を髣髴とさせるネーミングである。好んで参禅した耳庵らしい名称であろう。
東博のホームページには「外観のみ」公開とあったものの、戸や襖は開け放たれており、内部を外から見学できた。黄林閣では、土間へ入ることも可能。
ときおり美大の学生さんによる展示がおこなわれており、その際は板間や畳の部屋にも入れるようだ。
そういった催事を除けば週に1日の公開で、展示物もなく、たいへんひっそりとしている。
重要文化財のため、なにかと制限が多いだろうけども、たとえば土日祝日を開放日としたり、イベントを開くなどして、さらに活用できる道があるのではとも思われた。
帰りは、黄林閣正面にあった「門」から、丘陵を下って出た。
門があるということは……すなわち、こちらの入り口こそ本式なのだ。往路では、Googleマップのお導きに従った結果、遠回りしてしまったことになる。
行ってみようと思われた方、お気をつけて。
地図の左下、山崎製パンの埼玉第一工場は目と鼻の先。
行きのバスで、ドアが開いた瞬間に漂ってきた香ばしいにおいが忘れがたく、工場最寄りの停留所まで歩いてみることにした。
バス停の前には、デイリーヤマザキがあった。これはもしやと期待したとおり、店内で製造された総菜パン・菓子パンや弁当、おにぎりの類が充実。創業の地・市川や本社所在地・岩本町の近隣店舗と同じ仕様である。できたてのベーコンエッグトーストとハムエッグサンドを買い求め、昼食とした。
——東所沢駅には初めて降り立ったが、思いのほか楽しめる場所が多かった。春には桜がきれいだとか。天気のいい日に、おすすめの街。
※耳庵関連の文献では「柳瀬山荘」と呼称されているものが多いが、東博での正式名称に従って「柳瀬荘」とした。
※耳庵の戦前のコレクションは東博、戦後のコレクションは福岡市美術館ほかに収められている。耳庵は壱岐(長崎)の出で、博多を足掛かりに東京で活躍した。
2021年には、福岡市美で耳庵展が開催。都合が合わず、泣く泣く断念。
※ヤマザキ直営店のベーカリーでは、ベーコンエッグトーストとパニーニがお気に入り。