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初期鍋島と花鳥図屏風:1 /東京黎明アートルーム

  「初期鍋島」と聞いてピンとこない方でも、このリーフレットをみれば、思わず気になってしまうのではなかろうか。
 真っ黄色に、ちょっと変わったうつわ!

 将軍家への献上品として、当時最高の技術を注いで制作された鍋島焼。その草創期・1650年代につくられた「松ヶ谷手」とも呼ばれる作例の特集展示である。
 初期鍋島は、ご覧のような変形皿や筒形の猪口(中央下・右下)といった小品が主体。緑や黄を効果的に使用した濃厚な色彩感覚、奇抜な意匠がその特徴。
 初期鍋島のうつわには、旺盛なチャレンジ精神や「目立ってやろう」「度肝を抜いてやろう」といった若者然とした尖りっぷりが、むんむん漂っている。
 その後の鍋島焼が、正円の規格化された大皿・中皿を主力製品とし、計算されつくしたデザインでこれ以上なく綺麗にまとまっているのとは、えらく対照的。
 いうなれば、初期鍋島は ”青春のやきもの” であろうか……

  「緑や黄色を効果的に使用」といったあたりは、次の2点のような作をみていただくと、よくうなづけるかと思う。

 この色彩感覚は、やや先行する青手古九谷から受け継いだところがあるだろうし、さらにたどれば、中国・明末の華南三彩などの民窯製品へと行き着く。


 ただそれは、後の鍋島焼には受け継がれなかった。渡来品のエキゾチックな風味を抜けだし、「和のうつわ」を確立した証左のひとつが、黄や緑を多用しないことだったとでもいえようか。

 裏を返せば、そこに至る過程の「胎動」「産みの苦しみ」といったものが、初期鍋島のうつわがもつ若々しさの正体といえるのかもしれない。
 愛くるしくてたまらない下の《色絵花文瓜形小皿》などは、まさにそういった作。新しいものを生み出すための試行錯誤が、垣間見えるような気がする。

 上に挙げた3作、とくにこの小皿の絵付けぶりから思うのは、第一に余白がほとんど残されていないこと。白い箇所があっても、上絵が入っていたり、文様が型どられていたりで、純粋な余白とはなっていない。塗り込めるスタイルだ。
 そして、その釉薬の塗り具合が、なんともおおらかではないか。ぼってりとした筆で、はみだしがあったり、ムラがあったり。「将軍家に献上」というには、あまりに素朴な風情である。まだまだ、技術的には発展途上といったところ。
 いずれの点も、やはり下の写真のような後の鍋島がみせる “余白に余情” “きっちり・かっちり” といった趣とは、一線を画している。


 このように初期鍋島とその後の鍋島とでは、やはりかなりテイストが異なってはいるけれど、甲乙はつけがたい。どちらも魅力的である。
 本展では両者や古九谷様式の類似作例を並べて、比較検討する試みもおこなわれていた。
 初期鍋島の範囲や峻別については、なお研究の余地があるもよう。こうして実物が対照されることで、さらに進展があるとよいと思った。

 次回は、初期鍋島以外にもさまざまあったその他の出品作品について、書いてみるとしたい。(つづく



紅葉。小石川植物園にて



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