![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/157360597/rectangle_large_type_2_269ef352138d003bfa5ab6283c9ee263.jpeg?width=1200)
虫展:2 /市立伊丹ミュージアム
(承前)
「虫展」といっても、虫が展示されているわけではない。
厳密には最後に1点だけ、動かない虫を含む資料が出ているけれど、基本的には生死を問わず、虫そのものの展示は皆無。
虫がニガテで心配された方は、ご安心を。期待された方は、ご勘弁を……
そんな本展、英題が、内容をより具体的に表している。
“Mushi” in Japanese culture
日本文化のなかの、虫。
虫にまつわるモチーフや習俗とその意味、日本人がいかに虫と共存してきたか、どのように虫をみつめてきたかといった種々を物語る資料が、展示室には並んでいる。美術館というより、博物館的な内容だ。
わかりやすく構成された章立てをそのまま拝借しつつ、話を進めていきたい。
第1章:虫に擬(なぞら)える
虫が擬人化されたり、なんらかの意図や願いをこめて象徴的にデザイン化されたりといった事象を紹介。リーフレットなどのデザインに起用されている絵巻《玉むし物語》(原品・江戸時代、明治26年〈1893〉写し 公文教育研究会)は、全体のストーリーまでパネルで詳しく補足されていた。導入部にふさわしく、キャッチーな作品が並ぶ。
現在、日本文化にてさまざまな形で登場する「虫」を取り上げる「虫展」を好評開催中(〜9/29(日))。虫が主人公となった物語絵巻や、土蜘蛛や百足など妖怪として畏れられた虫の作品など、美術・歴史・俳諧・工芸の多彩な作品資料約140点をご紹介。お見逃しなく!#市立伊丹ミュージアム pic.twitter.com/HKVXQjCjpE
— 市立伊丹ミュージアム (@itami_museum) August 31, 2024
虫のモチーフがあしらわれた武具の類が、とてもおもしろい。ムカデ、トンボ、ケムシなどが、変わり兜の前立(まえたて)や旗指物に大胆にデザインされているのだ。いずれも「前にしか進まない(後退しない)」という迷信から「勝虫(かちむし)」とされた虫たちである。
ケムシの字が「源氏(げむじ)」に通じるとのことで、源氏の末裔を称する武家から好まれたという話は初耳で、こちらも非常に興味深い。
第2章:虫と生きる
産業における虫とのかかわりや、そこから生まれた習俗を紹介。民俗学寄りの内容。
農家の虫害との戦い、養蚕や養蜂といった生業に関する資料が中心。養蚕は弥生時代から、養蜂は本格的には江戸時代からおこなわれてきたという。
展示資料は農業書や地誌といった版本が中心で、一転して地味な展示内容となるも、養蚕のフローをビジュアルでわかりやすく教え解く錦絵などもあった。
虫送りの行事や虫干し、身近な「紙魚(しみ)」についての言及も。江戸の版本には、紙魚に利尿作用があると書かれているそうだ。仮にその効能があるとして、いったいどれだけ集めれば効果を自覚できるのだろう……
第3章:虫を知る
第2会場に移る。ここではまず、虫を獲り、その生態を丹念に記録していった江戸の博物学者たちの営みに触れる。いわゆる「博物図譜」のコーナーである。自然科学的な内容。
栗本丹州著『栗氏千虫譜』(西尾市岩瀬文庫)は、およそ500種もの昆虫を収録するのみならず、挿図は美しく、解説は詳しい、虫譜の最初にして最高峰といわれる図譜。たいへん残念なことに丹州による原本は失われているが、その趣を最もよくとどめているとされるのが、今回展示された山本榕室写の岩瀬文庫本。
両隣りの図譜と、つい見較べてしまった。わたしの場合は絵ばかり観てしまうが、絵ひとつとっても、鑑賞に堪える。なるほどこれは、最高峰……
第4章:虫を描く
今度は、美術史の出番である。
清朝の画家・沈南蘋の画風は、南蘋派といわれるフォロワーのみならず、日本の多くの絵師たちにインパクトを与えた。南蘋描く花鳥画のなかには、表現のアクセントとして、虫がしばしば描きこまれる。
この章では、南蘋の影響のもと描かれたと考えられる木村蒹葭堂、葛飾北斎、谷文晁、山本梅逸らの作品を並べ、そこに描かれた虫に着目する視点を皮切りに、同じく虫をモチーフとした絵画・工芸作品が並んだ。
森狙仙の弟子・森春渓による版本『肘下選蠕(ちゅうかせんぜん)』には、息を呑んだ。恥ずかしながらこのような作品の存在をまったく存じ上げなかったのだが、きりりとした品格、画面づくりの巧さが光る名品だと思った。
虫が主題の絵本としては喜多川歌麿『画本虫撰(えほんむしえらみ)』もすばらしいが、こちらもたいへんすぐれている。双璧といわれるというのも、納得である。
※本展への出品は公文教育研究会所蔵のものであったが、九州大学所蔵の『肘下選蠕』が高精細画像で全頁閲覧可能。
本章では、工芸分野にも目配せ。超絶技巧の明治工芸が、とりわけ目を引いた。
正阿弥勝義の《柘榴に蝉飾器》(明治時代 京都国立近代美術館)、高瀬好山によるカブトムシやカマキリの自在置物、並河靖之の七宝《桜蝶図平皿》(明治時代 京都国立近代美術館)など。
余談だが、大阪の蒹葭堂に京都の森派、横浜風とは少し違う京好みの明治工芸……といったチョイスをみていると「ああ、関西に来ているのだな」という実感が、改めて湧いてくる。
もちろんこれらの作品は関東の美術館でも観られるのだけれど、やっぱり東と西で、傾向の違いはうっすらとでも感じられるものだ。(つづく)
![](https://assets.st-note.com/img/1728482864-xzPCWrhKX1ITMgZJ5eBjvydD.jpg?width=1200)