多彩な抹茶の器「茶入」 /野村美術館
京都市営地下鉄の蹴上(けあげ)駅を降りた頃は、ぽつりぽつり。
南禅寺方面へ歩みを進めるごとに雨足は強まり、野村美術館の前に着いたとたん、土砂降りに。たまらず駆け込む。
室内で聴く雨音はかえって風情が感じられるものだから、ふしぎだ。
きょうは、茶の湯のうつわ「茶入」のお勉強にやってきた。昨年は「茶碗」のお勉強。茶碗ときたら、次は茶入である。
野村美術館の展示は入門書を読み解くようで、たいへん勉強になるのだ。
こうしてノートをまとめるのもまた、お勉強。しばし、展示の復習にお付き合いいただくとしたい。
まず、「茶入」とはなんぞや?
さかのぼると、中世の「闘茶」では茶葉を大壺、粉末を小壺に分けて入れていた。前者はいまでいう「茶壺」、後者が茶入の直系の先祖となる。
粉末状の茶に濃茶・薄茶の別が成立すると、濃茶は陶磁器、薄茶は塗りのうつわに入れられるようになる。後者は「薄茶器」と呼ばれる。
つまり茶入とは「濃茶の粉末を入れる小さな陶磁器」ということになる。
展覧会タイトルには「多彩な」と冠されているが、9割方の茶入は褐色の釉薬が掛かった、色彩豊かとはいいにくい作。
茶入とはそういうものであると同時に、褐色にもさまざまあり、景色は一様ではなく、かたちや土味など、見どころはいくらでもある。そこを楽しめれば、たしかに「多彩」ということにはなろう。
なぜ褐色ばかりかというと、中国渡来の唐物茶入が第一に重んじられ、瀬戸をはじめとする和物の茶入もそれを規範として追随し、あまり大きく逸脱することがないから。茶入といえば唐物で、国産であってもおおかた瀬戸、瀬戸は唐物がモデル……という具合で、本展出品作のほとんどが褐色を呈している。
室町将軍家お抱えのアートディレクターともいえる同朋衆の記録『君台観左右帳記』には、唐物茶入の形態が20種ほど掲載されているものの、伝世品は肩の張った「肩衝(かたつき)」、名前どおりのかたちである「茄子」「丸壺」といった特定の数種類に偏っている。
本展では主要なタイプの優品に加え、近世までに淘汰され消えていった「大海」などのタイプも紹介。堆朱や螺鈿の盆にうやうやしく乗せられた唐物茶入は、どれもきりりとした姿。背筋が伸びる思いがしたのだった。
大海の隣には、大きさ、形、重さまでそっくりな発掘品が。上海の骨董店で掘り出されたものという。唐物茶入の出自には謎が多いが、こんなおもしろい資料まで、野村美術館にはあるのか。
瀬戸では、とりわけ17世紀前期にさかんに茶入が製作された。
瀬戸茶入に関しては伝承・伝説と鑑賞的視点がミックスされた分類法「窯分け」「手分け」が長く定着しており、いまだに作品名称などに残されているけれど、近年は窯址発掘の考古学的成果によって、より正確な時代・産地が判明している。
本展では出品作を、旧新双方の観点から解説。
続いて中央の島・のぞきケース2本を使って、瀬戸以外の国産茶入を展示。
1つは京焼のケースで、仁清の茶入が5点も出ていた。色絵、鉄釉などそれぞれ異なる趣を放つなかで、これはと思われたのが《薩摩写茶入》。藁灰釉の上に、ムラのある褐釉を二重掛け。少しずつ流れ、静かな変貌を遂げていく景色と、口造りのまろみがたいへん好もしく思われた。
京焼を除く国産のやきものを、一般に「国焼」という。隣の国焼のケースには《薩摩肩衝茶家 銘 忠度》が。仁清が念頭に置いていた作例は、まさにこのようなものだったのだろう。
他に同じく朝鮮半島系の唐津、高取、中世古窯以来の信楽、伊賀、丹波、備前、桃山の志野、織部などが並んでいた。
どれも、瀬戸に比べれば奇をてらった感がある。主要産地への対抗意識がうかがえるが、その牙城を崩すのは容易ではなく、瀬戸の圧倒的なシェアは揺るがなかった。
地階では、漆塗りの薄茶器を展示。こちらも時代に沿って、その歩みを近世まで追っていく。
1点だけ選ぶとすれば、原羊遊斎《秋草尽蒔絵棗》。この作品名を確かめずに作品を拝見して、黒漆のみ、無地・無文の棗かなと思ってしまったが……よくよくみると、黒のなかにもうっすら凹凸があって、秋草が表されている。胡粉を盛り上げて厚みを出しているという。
さらに、非常に繊細な金蒔絵で、秋の虫たちを各所に配置。カマキリに狙われるチョウの羽は、螺鈿で表現……きわめて洒落た、江戸の洗練された美意識を感じさせる逸品である。
蓋を開けた内側には、雪の結晶の文様が描かれているという。いつか、観てみたいものだ。
地階での薄茶器の展示は前期(10月20日まで)のみで、後期は現代作家の作品展示とのこと。野村美術館の地階ではこのように、現代作家の個展を頻繁に開催、積極的に支援をしている。この手の茶の湯美術館としてはたいへんめずらしい、すばらしい取り組みといえよう。
——野村美術館の公式ページには、本展に出品の茶入の写真が多数載っている。お気に入りを探してみるのも一興か。
ほぼ総とっかえの後期展示は、12月8日まで開催中。