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美麗なるほとけ 館蔵仏教絵画名品展 /根津美術館
根津美術館が所蔵する仏教絵画の名品・珍品を集めた、魅惑の展覧会である。
冒頭に掲げられた文言には、こうある。
(根津美術館の仏画は)日本の私立美術館の中では最高レベルといってよい質と量を誇っています
この強い自負を、何人も否定することは叶わない。唯一対抗できそうなのは、大阪の藤田美術館くらいだろうか。
それほどまでに充実したコレクションの核心部分に、いまなら触れることができるのだ。
日本の仏画の最高峰といわれるのは、院政期の作例。古めかしい言い方をすれば「藤原仏画」である。
院政期の仏画に対しては、本展のタイトルにも使われる「美麗」という形容がしばしば用いられてきた。リーフレットを飾る《大日如来像》(平安時代・12世紀 重文)は、まさしく美麗というべき作。本作をはじめとする院政期の仏画によって、本展は幕を開けた。
【美麗なるほとけ展開幕】
— 根津美術館 (@nezumuseum) July 27, 2024
今日開幕、当館の仏画コレクション展の粋は、平安時代・院政期の作品から始まります。
こちらは平泉・中尊寺の仏像内納入品だったため、この時期の彩色が最もよく残る優品「大日如来像」(重文・12世紀)。華麗なお姿をぜひじっくりご覧ください。(-8/25)#根津美術館 pic.twitter.com/LgF7xbZtcD
美麗な彩色や描写が、すぐれたコンディションで遺されている。平泉・中尊寺の仏像の内部に納入されていたために、美しい姿を保つことができたという。
「具色(ぐいろ)」と呼ばれる中間色の微妙なグラデーションに、目を奪われる。
どこを切り取っても、美しい。ひれ伏したくなるようなお像である。
《金剛界八十一尊曼荼羅》(鎌倉時代・13世紀 重文)。
【美麗なるほとけ:曼荼羅の美】
— 根津美術館 (@nezumuseum) August 2, 2024
重要文化財「金剛界八十一尊曼荼羅」(日本・鎌倉時代 13世紀 当館蔵)は、九世紀半ばに天台僧・円仁が唐から請来した大曼荼羅をもとに制作されたと伝わります。繊細で華麗な装飾をぜひじっくりご覧ください。単眼鏡は当館ミュージアムショップでも販売中。(-8/25) pic.twitter.com/zubEhJPQdY
見上げるほど大きいと同時に、描写は細かくて高密度。
そのため、ツイートでも触れられているとおり、単眼鏡を駆使して観たい作品である。スコープの奥には、思いのほかエキゾチック、むせかえるような濃密な気が漂っていて、見飽きない。
《金剛界八十一尊曼荼羅》に負けぬほど巨大な《兜率天曼荼羅》(南北朝時代・14世紀)は、「名品・珍品」のどちらかといえば「珍品」寄りのもの。まず、この図像自体に類例が少なく、貴重なのである。
【美麗なるほとけ:浄土への憧れ】
— 根津美術館 (@nezumuseum) August 8, 2024
弥勒菩薩が住まう兜率天宮を斜め構図で描いた「兜率天曼荼羅」(南北朝時代 14世紀)。寒色系の画面が宮殿から放たれる弥勒の放光や地の格子文の截金を際立たせています。弥勒が下生までの56億7千万年を暮らす華麗な浄土をご堪能ください。(-8/25)#根津美術館 pic.twitter.com/mQGI4AKE7j
南北朝期の仏画や仏像には、クセというかアクというか、とかく主張の強い作例が多くあって、時代の空気を大いに感じさせるし、驚かされることも多くて楽しいものだ。本作もその例に洩れない。
描き込み具合が、すごい。壮麗な御殿に住まうみほとけや衆生たちが、きわめて細密に、グリーンをベースとした極彩色と截金によって表されている。
そのどこをクローズアップしても、破綻は見つけられないどころか、「こんなところに孔雀が!」などと、次々に新たな発見ができてしまう。
この掛幅を前にして、弥勒菩薩に関する絵解きがおこなわれたのであろうが、絵の細かな描写を目で追うのに忙しくて、ありがたい講釈が右の耳から左の耳へどんどん抜けていってしまいそうではある……
尾形光琳の《燕子花図屏風》、古代中国の《双羊尊》などとともに根津美術館の「顔」といえる国宝《那智瀧図》(鎌倉時代・13~14世紀)。
【神々の姿】
— 根津美術館 (@nezumuseum) August 9, 2024
国宝「那智瀧図」(鎌倉時代・13世紀)は、和歌山・熊野三山の一つ熊野那智大社の御神体、那智瀧(飛瀧権現)のみを描いた礼拝画と言えます。やまと絵と、岩肌の描写などに見られる北宋後期以降の山水画技法が融合した山水図としても極めて重要です。お見逃しなく。(-8/25)#根津美術館 pic.twitter.com/gOFMB97o7M
滝そのものが信仰の対象になっている。そういった意味では、これまで挙げてきた仏画となんら変わりはない。
引きの状態で観ていると、滝は、幾筋かの白い線が静かに連なっているだけのようにみえる。余談ながら、この日はお昼に奈良の三輪そうめんをいただいてから来館したので、流しそうめんがスルスルと落ちてくるさまを、絵を観ながら想像していた。
だが、《那智瀧図》に近づいていくほどに、流れが岩に激突してスイッチするさまや、しぶきを上げ、渦を立てるさまに気づいていく。滝が、数えきれないほどの水滴や、肉眼では捉えられない水分によって成り立っていると、意識させられるのだ。
その激しさのなかに、自己をみつめなおす……すなわち、展示室に居ながらにして、仮想的な滝行ができてしまう絵なのであった。
奥の小部屋には、禅宗の仏画と高麗仏画。後者にちなんで《青磁蓮華唐草文浄瓶》(高麗時代・12世紀 重文)が取り合わせられていた。
もちろん、高麗青磁は今回、主役ではなく、高麗仏画の引き立て役には違いないのだが……個人的には会えて、よかった。わたしの愛するやきものなのである。
2階中央の展示室には白描図像、また仏伝や寺院の開創縁起を描いた絵巻が並んでいた。古写経の見返絵も、いわれてみるとたしかに、広義の仏画ではある。
礼拝するための像とはまた異なる、さまざまな「みほとけの絵画」を展覧して、本展はお開き。
——7月27日から8月25日までという、1か月に満たない短い会期の本展。
展示替えはないから、いつにしようかと、あれこれ思案するようなこともない。
すなわち、迷っている暇も、理由もないのだ。いますぐ南青山へ……そう言いたくもなる、至福の展示であった。
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