「人間とは何か」
その問いから「サル学」を切り開いた霊長類学者、河合雅雄さんは、2021年5月14日、故郷である丹波篠山市内の自宅で死去しました。97歳でした。まもなく一周忌を迎えます。
河合さんは、戦時中の体験から人間の中の残忍さを知ったといいます。そして戦後、サルからヒトへの進化の過程を解き明かすことで、人間の本質を探ろうとしました。同時に、児童文学者としてもたくさんの作品を残しています。
河合雅雄さんの訃報記事はこちら。
今回は一周忌を前に、晩年の河合さんを取材した記者きんぎょばちが、足跡をたどります。
ここ30年の間に河合さんが神戸新聞に寄稿した文章や、インタビュー記事、講演録などを集めました。現在の日本や世界に警鐘を鳴らすかのような呼び掛けも多く、その言葉は色あせません。
まずは2009年、兵庫県立三田祥雲館高校であった記念講演会の講演録記事からどうぞ。
「科学は自ら挑戦すること」。高校生へのメッセージ
日本で起こった「それまでとは全く違った霊長類学」を切り開いた研究者の一人が河合さんです。サルの群れの中に入り、全てのサルの顔を覚え、名前を付けて観察するという手法は、それまで欧米の研究ではほとんどありませんでした。
その手法で河合さんは、宮崎県・幸島のニホンザルを観察。芋を洗う1頭の子ザルの行動が群れに広がる様子からニホンザルに文化的な行動があることを発見しました。
続いては1997年、神戸新聞の「21世紀への針路」というコーナーに、河合さん自身が寄稿した文章です。抜粋をご覧ください。
「自己破壊」と「自然改変」という人間の能力
「自己破壊」と「自然改変」という、動物にない2つの能力を持ってしまった人間が、21世紀はどう生きるのか。四半世紀前になされた提言が、胸に刺さります。
河合さんは約20年前に、携帯電話を使ったコミュケーションについてもつづっています。2003年の「21世紀の針路」への寄稿から抜粋です。
人間関係の持続に大切なことは?「ケイタイ」が変えたコミュニケーション
この寄稿が神戸新聞に載った2003年からさらに時代は移り、人々が手放せない道具は「ケイタイ」から「スマホ」になりました。「メール」に代わるさまざまなツールも、世の中にあふれています。
人間のコミュニケーションは、どう変化していくのでしょうか。
河合さんには、自然科学者だけでなく、文学者の顔もありました。
自伝的小説「少年動物誌」は、昭和初期の丹波篠山が舞台。これを原作にした映画「森の学校」(2002年)で、河合雅雄少年を熱演したのは、幼少期の故・三浦春馬さんでした。
次は映画完成当時、2002年の記事です。
映画「森の学校」完成。河合雅雄さん原作、丹波篠山の自然を描く
「森の学校」は近年再び注目を集め、全国でリバイバル上映されています。丹波篠山観光協会は昨年、急きょロケ地マップを作りました。映画に登場するシンボルツリー、ソメイヨシノは、今年もきれいに咲き誇りました。
「森の学校」に登場したソメイヨシノにまつわる記事はこちらからどうぞ。
児童文学者としての河合さんは2018年、「草山万兎(くさやま•まと)」のペンネームで、長編ファンタジー「ドエクル探検隊」(福音館書店)を書き上げました。執筆当時の年齢は、なんと94歳! 出版翌年のインタビュー(抜粋)をどうぞ。インタビュアーは記者きんぎょばちです。
人間とは何か?「答えは出ない」。95歳のインタビュー
「ドエクル探検隊」は大長編ですが、パソコンやスマホは使わず、200字詰めの原稿用紙約千枚を、鉛筆で書き上げたそうです。少年少女の冒険物語でありながら、生き物の絶滅を描いたシーンは壮絶です。
このインタビュー当時も河合さんは、公園をつえで歩きながら「あの虫は…」「あのタンポポは…」と、小さな生き物たちに目を向けていたといいます。亡くなる前日も、家族と一緒に近所のホームセンターへ出かけ、植物の苗を買ったそうです。
そんな河合さんが生きていたら、今後の日本や世界をどのように見て、どのような言葉にしたのか。もう聞くことができないのが残念です。
あらためて、ご冥福をお祈りします。
<河合雅雄(かわい・まさを)氏>1924年、篠山町(現丹波篠山市)生まれ。京都大理学部卒。人間以外の霊長類にも文化的行動が存在するのを証明し、国内外での徹底したフィールドワークで霊長類学の確立に貢献した。京大霊長類研究所長、日本モンキーセンター所長、日本霊長類学会会長などを歴任。兵庫県内でも、人と自然の博物館(三田市)の館長、丹波の森公苑(丹波市)の公苑長などを務めた。
<きんぎょばち>
1985年生まれ。大学生だった2004年ごろ、河合雅雄さんの著書「学問の冒険」を読んで、「雑木林の思想」に憧れました。その十数年後、丹波篠山支局に着任してインタビューが実現。想像以上にチャーミングな方でした。
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