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OECDラーニング・コンパスにおける「知識」:算数・数学の場合
1.はじめに
OECDのEducation2030プロジェクトにおいて策定された「ラーニング・コンパス」では,コンピテンシーの構成要素の一つに「知識」が位置付けられており,その類型の一つに「エピステミック(認識論的)な知識」がある。この「エピステミックな知識」について,白井(2020)は,「『見方・考え方』と,内容的にほぼ重なるものと言ってよいだろう」とし,今後のカリキュラムを考えていくうえでは,「見方・考え方」の整理の在り方について柔軟に見直していくことも考えられるとしている(p.115)。”「数学的な見方・考え方」の育成を軸とする高等学校数学科の授業デザインと教育課程”を研究課題とする本科研としては気になる提案である。
そこで本記事では,OECDが発行した Learning Compass for Mathematics (OECD,2023a)をもとに,算数・数学における「知識」としてどのようなものが想定されているのかを整理することとする。今回も下手な考察はせず(時々感想が出てしまっているが),整理(というかほぼ翻訳しながら解釈しただけ)を中心に行う。(なお翻訳に当たって困ったときはこちらのイベントで出された仮訳を参考にした)
2.そもそもラーニング・コンパスとは
OECD(2019)によれば,「ラーニング・コンパス」は,OECD Future of Education and Skills 2030 プロジェクトが2030年の教育に求められている未来像を描いた,進化し続ける学習の枠組みである「学びの羅針盤」(図1)である。このラーニング・コンパスは個人と社会のウェルビーング:The Future We Want に向けた方向性を示している。
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ラーニング・コンパスについて強調されているのは,「学習の枠組み」ということである。
ラーニング・コンパスが提示するのは 「評価の枠組み」ではなく、「学習の枠組み」です。この枠組みでは、どのような コンピテンシーが評価されるべきか、あるいは評価できるのかではなく、生徒が 2030 年に活躍するために必要なコンピテンシーの種類に関する幅広いビジョンを提示しています。「測定されるものは大切にされる」と一般的に言われますが 、この学習の枠組みは(少なくとも現段階では)測定できないものに価値を認められるようにします 。つまりラーニング・コンパスは、大きな構造のもとで幅広い範囲と種類の学習があることを明確にし 、学習そのものに価値があることを認めます。 それと同時に、評価を主導するものとして学習の枠組みを使うこともできます。例えば生徒の進捗状況を確認しながら支援するために、どのような文脈においてどのような学習を優先させるべきかを話し合うことができます 。
ラーニング・コンパスは次の7つの要素から構成されている(OECD,2023b,p.16)。
中核的な基盤
変革を起こすコンピテンシー
生徒エージェンシー/共同エージェンシー
知識
スキル
態度と価値
見通し・行動・振り返り(AAR)サイクル
このうち,本記事では「知識」に着目するということである。なお,「知識」に焦点化する前に,本プロジェクトの考える「コンピテンシー」と「知識」(及びスキル,態度と価値)の関係が述べられている部分を抜粋しておく。
コンピテンシーはこれら学びの中核的な基盤をもとに育成することができます。 コンピテンシーは知識、スキル、態度及び価値を含む包括的な概念です。 OECD Future of Education and Skills 2030 プロジェクトではコンピテンシー を単なる「スキル」ではない、それ以上のものとして捉えています。スキルは コンピテンシーを発揮するための前提条件です。 2030 年に向けた準備を整え、活躍できる能力を備えるためには 、生徒は未来をより良い方向へ変えるために自らの知識、スキル、 態度及び価値を、責任を持って、また首尾一貫した方法で使える必要があります 。
コンピテンシーと知識は競合する概念でも、相互に排他的な概念でもありません。 生徒はあらゆる物事を理解するための基本的な要素として 、 核となる知識を学ぶ必要があります。生徒は知識にもとづいていくつものコンピテンシーを発揮することもでき、知識を更新あるいは適用するために育ち続けるコンピテンシーを用い、そして理解を深めていくのです。したがって、コンピテンシーとは単に知識やスキルの習得にとどまらず、不確実な状況における複雑な要求に対応するための知識、スキル、態度及び価値の活用を含む概念なのです。
3.ラーニングコンパスにおける「知識」
ラーニング・コンパスにおける「知識」は,次のように定義されている。
OECDラーニング・コンパスの主要な構成要素である知識は,世界のある側面について確立された事実,概念,考え,理論を包括する。知識には通常,理論的な概念や考えだけでなく,特定の作業を行った経験に基づく実践的な理解も含まれる。
また,「知識」は4つのタイプに分けられるとする(OECD,2023a,p.14)。
学問的(disciplinary)知識,つまり教科固有の知識は,理解の土台であり,生徒が他の種類の知識を発展させるための構造である。学問的知識を習得する機会もまた平等の基本である。学問的知識は,国際的にカリキュラムデザインの中核をなす要素であり,学校における教育と学習の共通の構造的焦点であり続けている。
学際的な(interdisciplinary)知識は,重要な概念や考えを転移させることや,学習分野間のつながりを明らかにするものである。これは,例えば,テーマ別学習やプロジェクトベースの学習機会を通じて構成される。カリキュラムでいえば,教科科目の関連する側面を統合したり組み合わせたり,あるいは新しい科目を創設したりすることである。
エピステミックな(epistemic)知識とは,実践者のように考え,行動する方法を知ることである。これは,生徒の学習の関連性と目的を示し、学問分野に対する理解を深めるのに役立つ。
手続き的(procedural)知識とは,タスクがいかにして実行されるか,また複雑な問題を解くなど,構造化されたプロセスがどのように働くか,どのようにそれを学ぶかを知ることである。
では,算数・数学においては4つの知識としてどのようなものが想定されているのかを,以下でみていく。
4.ラーニング・コンパスにおける「知識」:算数・数学
学問的知識(教科の知識)
生徒が21世紀のスキル,態度,価値観を身につけ,それらを拡張し,関連させ,その上に構築していく中で,学問的知識と内容は数学学習の基盤であり続ける。数学の枠組みは,関連する内容を保持する一方で,新たなトピックを包含できるように拡張できる必要がある。
例えば,カリキュラムのリ・デザインでは,情報技術やプログラミング技術におけるこれらの分野の重要性を認識し、データ分析やコンピュテーショナル・シンキングをより重視することになるだろう。同時に,カリキュラム改革は「カリキュラムオーバーロード」のリスクを考慮する必要がある。カリキュラムに新しい内容を追加するだけでは,その重要性や既存のカリキュラムにどのように統合するのがベストなのかについての戦略的思考がない限り,教師や生徒に過度の負担を強いることになりかねない。そのため,カリキュラム設計者は,焦点化,知的挑戦を求める,一貫性というデザイン原則に従って,基準を下げることなく(幅1マイル,深さ1インチのカリキュラム),生徒にとって最適な学習進度を確保しながら,新しい知識をどのように内容に組み込むことができるかを決定することが奨励されている。
小学校から高等学校において,数学の基盤となるのは次のような内容領域であるとされている。
量(整数,分数と小数,数感覚と見積もり,数体系,他の数概念)
空間と形(位置,視覚化と形,対称性,合同と相似)
変化と関係(代数関数,初等代数,代数,変化)
不確実性とデータ(記述統計,確率分布,統計的推測)
基本的な知識と数学的概念とデジタルツールを使う能力(計算機の選ばれた機能(function)が正しい理由を知ること,計算機が出す答えを当てにすること,与えられた答えが問題に照らして妥当かどうかをチェックすること)
数学的モデル化(例えば,状況の関連する側面を数学の言葉で表現すること)
妥当性を評価すること(結論、方法、仮定が妥当でない/合理的でないときにそれを認め、対処すること)
最初の4つはPISAの数学的リテラシーの枠組みにおいて内容領域とされてきたものである。その意味では後半3つが特徴的といえるのかもしれない。
学際的な知識(教科横断的な知識)
「学際的な知識は、知識の分野を越えて数学を創造的に応用することを可能にする」(OECD,2023a,p.15)。これには以下が含まれるという。
数学と他の需要の高い能力(コンピュテーショナル・シンキング,環境リテラシー,金融リテラシーなど)を結びつけること
科学、技術、工学、数学(STEM)など、数学に関連する教科や学習分野の知識を有意義な方法でグループ化すること
科学、技術、工学、芸術、数学(STEAM)のような最近のイニシアチブは、芸術を学際的な学習アプローチに取り入れることを教育者に奨励し、生徒が社会に出る前に身につけるスキルの幅を広げている。
ただ,ラーニング・コンパスについて読んでいて個人的にまだもっともよくわかっていないのがこの「学際的な知識」である。ビッグ・アイデアやキー・コンセプト,そして転移に言及していることはわかるが,算数・数学という教科固有の文脈で考える「学際的な知識」とは。この点については今後の課題としたい。
なお,「学際的な知識」において言及されていることが,数学A「数学と人間の活動」の趣旨に近いと考えられるので,以下に記しておく。
数学と文化研究を結びつける民族数学は、異なる文化的視点から数学的概念とシステムを促進する。生徒が、数学がどのように自分たちの文化的伝統や他文化の伝統に組み込まれているのか、また数学が学校の学問領域を超えてどのように生きているのかを調べることで、異文化間の調和を促進することができる(Owens, 2017[40])。生徒たちは、世界中の文化集団が数学を発展させ、利用してきたさまざまな方法を学ぶことで、数学を人間の営みとしてとらえ、数学の豊かな文化的歴史を学ぶことになる。民族数学の例としては、音楽に見られるパターン、リズム、コード進行、メロディーの研究(Presmeg, 1998[41])や、日本の折り紙における比率、パターン、対称性の分析(Brandt and Chernoff, 2015[42])が挙げられる。
もう一つのアプローチは、数学の歴史や社会における役割を学ぶことによって、数学を、長い時間をかけた人間の努力として考えることである。数学的創造性の歴史を学べば、その起源を理解し、数学の規則や方法に革新の機会があることを理解できるようになる。このような理解がなければ、生徒たちは、数学者がルールや公理や手続きをめぐって行ってきた大きな議論や、そのような意見の相違から新しい数学がどのように生まれたかを知ることなく、静的なルールの体系として数学を学び適用するユーザーでしかない(Martínez, 2012[43])。
エピステミックな知識
エピステミックな知識は,数学者と統計学者がどのように数学的知識を学び,発展させるかということである。それはまた,関連はあるが異なる学問分野である数学と統計学の構造の基本的な本性(nature)に関するものでもある。
数学者や統計学者のように考えることは,生徒たちが自分たちの学問的知識を拡張し,探究スキルや思考プロセスを身に付け,それはさらにそれらの熟達を進展させることを可能にする。
最も気になっていた種の「知識」である。
ここでの「プロセス」とは,PISAの枠組みでいえば,「問題の文脈を数学と結び付け,その問題を解決するために個人が何をするか」に言及するものであり,PISA2022では,従来のカテゴリーである「定式化する」「活用(運用)する」「解釈する」に,「推論する」が加わった。
エピステミックな知識の発達に関わるプロセスの例には次のようなものが挙げられている(OECD,2023a,p.16)。
問題解決と調査(investigating)
表現とコミュニケーション
つながりをつくる
視覚化する
モデル化する
データにおけるパターンを特定する
説明し正当化するときに論理的に(数学)そして確率的に(統計学)考える
代替案を検討し,矛盾する証拠に重みづけをする(※なお筆者はこれがどういったプロセスを指すのかはいまいちイメージできていない)
流暢かつ柔軟に手順を実行する
テクノロジーやその他のツールを使用する
さらに,この「エピステミックな知識」の項で,「いくつかの数学的概念はよく『ビッグアイデア』や『テーマ』として記述される」(OECD,2023a,p.16)として,ビッグアイデアが言及される。そして,通常これらのアイデアは以下についての知識を含むとして,以下の知識が言及される。
数体系(0以上の整数,整数,有理数)
同値/相等と比較
演算とそれらの関係
パターンと関係
不変と変動
記号体系と図式体系
属性の測定と尺度の使用
変数と共変数(関係と関数を含む)
分布とばらつき
可能性の測定としての確率
特性と分類による形と立体の定義
変換とナビゲーション
ビッグ・アイデアは、より小さなアイデアを整理し、結びつけるためのタキソノミー(分類法)を提供する。さらに重要なことは、生徒が数学と統計学の分野で繰り返し扱われるテーマを学ぶ機会を提供することである。
最初は,「学際的な知識」ではなく「エピステミックな知識」でビッグアイデアについて言及するのかと思ったが,ここでのビッグアイデアは算数・数学において繰り返し扱われ,より小さなアイデアを整理して結び付けるという意味でのものだと考えられる。その意味では確かに「数学的な見方・考え方」と重なるところがあるのかもしれない。
手続き的知識
ラーニング・コンパスでは,「システム思考」と「デザイン思考」を転移可能な,横断的な手続き的知識として挙げていて,数学の場合,システム思考にはアルゴリズムだけでなく,関連があり普遍性のある手続き的な知識として,リサーチや探究も含まれるという(OECD,2023a,p.17)。このことを受けて「手続き的な知識」としては以下3点が言及されているだけで,他の3つの知識よりも言及が少ない。
システム思考とは、あるシステムについて、部分のみを個別に考えるのではなく、全体として考える能力のことである。世界を複雑なシステムとして考え、その個々の部分と相互の関連性を理解することをサポートする(Sterman, 2000[44])。
リサーチとは、事実を確定し、新たな結論に到達するために、資料や情報源を体系的に調査・研究することである。数学における探究は、他の学問分野と同様に、生徒が自ら問いを生み出し、答えを探し、複雑な問題を探求することで、能動的な学習に取り組むことを要求する(Holland, B., 2017[45])。
数学におけるアルゴリズムとは、数学的計算を解くために使用できる一連の手順の記述である。今日、アルゴリズムは日常生活だけでなく、科学の多くの分野で使われている。アルゴリズムとは、数学の効率的な解き方を見つけることである。数学のカリキュラムでは、伝統的な戦略では古代のアルゴリズムを暗記するが、近年では教師が複雑な問題を一連の手続き的ステップに分割して解決する方法が複数あることを示すことで、アルゴリズムの考え方を教え始めている(Russell, 2018[46])。生徒のアルゴリズム的思考を伸ばすことは、生徒が創造性を発揮し、異なる(そしておそらくより効率的な)方法で問題を解決する新しい方法を見つけることをサポートすることを意味する。
5.おわりに:気になってくる「スキル」
上記からわかるように,ラーニング・コンパスで想定される「知識」の内容はかなり広い。こうなってくると気になってくるのが,コンピテンシーの構成要素である「スキル」として算数・数学において想定されているものは何なのかということである。ラーニング・コンパスにおける「スキル」の内容もまた広く,「知識」や「態度及び価値観」と相互に関わり合いながら育成されるとされている。次の記事では算数・数学において想定されている「スキル」について整理したい。
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