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芥川龍之介の『歯車』をどう読むか② All right

 自分はより彼の私生活を知っているから作品も深く理解できるのだよエヘンと威張る人は好きではない。その程度のことで威張る必要はないのだ。

All right

 廊下の隅の給仕だまりには一人も給仕は見えなかった。しかし彼等の話し声はちょっと僕の耳をかすめて行った。それは何とか言われたのに答えた All right と云う英語だった。「オオル・ライト」?――僕はいつかこの対話の意味を正確に掴つかもうとあせっていた。「オオル・ライト」? 「オオル・ライト」? 何が一体オオル・ライトなのであろう?
 僕の部屋は勿論ひっそりしていた。が、戸をあけてはいることは妙に僕には無気味だった。僕はちょっとためらった後、思い切って部屋の中へはいって行った。それから鏡を見ないようにし、机の前の椅子に腰をおろした。椅子は蜥蜴の皮に近い、青いマロック皮の安楽椅子だった。僕は鞄をあけて原稿用紙を出し、或短篇を続けようとした。けれどもインクをつけたペンはいつまでたっても動かなかった。のみならずやっと動いたと思うと、同じ言葉ばかり書きつづけていた。All right……All right……All right sir……All right…… (芥川龍之介『歯車』)

 このAll rightという言葉には様々な意味がある。様々と言いながら、それは殆ど訳し方の問題ではあるが、文頭につく場合や返事ではやや軽い意味になる。言い方次第だが文末につく場合はやや重い意味の場合が多い。

 ここで主人公が受け取ったメッセージとしてのAll rightは飽くまでも返事なので、ごく軽い意味だった筈だ。しかし、

 電話はそれぎり切れてしまった。僕はもとのように受話器をかけ、反射的にベルの鈕を押した。しかし僕の手の震えていることは僕自身はっきり意識していた。給仕は容易にやって来なかった。僕は苛立たしさよりも苦しさを感じ、何度もベルの鈕を押した。やっと運命の僕に教えた「オオル・ライト」と云う言葉を了解しながら。
 僕の姉の夫はその日の午後、東京から余り離れていない或田舎に轢死していた。しかも季節に縁のないレエン・コオトをひっかけていた。僕はいまもそのホテルの部屋に前の短篇を書きつづけている。真夜中の廊下には誰も通らない。が、時々戸の外に翼の音の聞えることもある。どこかに鳥でも飼ってあるのかも知れない。(芥川龍之介『歯車』)

 この主人公の了解したAll rightの意味は、やや重く転じているのではいかという人もいるかもしれないが、私はむしろ軽い意味に了解する。そうでなければ「僕はいまもそのホテルの部屋に前の短篇を書きつづけている」とはならない筈だからだ。

 義兄が死んだのに放置、そしてAll rightの意味を了解する。ここでAll rightはなんくるないさ的な意味になるだろう。

 主人公が給仕に命じたことは定かではない。しかし「僕はいまもそのホテルの部屋に前の短篇を書きつづけている」のであれば、「今夜はもう、外から電話は取り継がないでくれ」と命じたのではなかろうか。

 彼は翌朝午前八時頃に目を醒まし、牛乳を入れない珈琲を飲み、前の小説を仕上げにかかった。

 義兄を姉の夫と呼び、姪を姉の娘と呼ぶ小説家には小説より「大へんなこと」など存在しないのだ。『地獄変』の作者はまさに地獄の中にいる。何があろうと小説を書き続けるしかないという地獄。

 私も。

 まだ、信じない?


すごいなインターネット。

いやnote。

ここに書いたことは誰にも見られないらしいぞ。

これは便利だ。

暗証番号をメモしておこう。

6996と。





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