『彼岸過迄』を読む 4354 時系列で整理しよう③ 作は千代子に嫉妬していた。
昨日はこの「過去一年余り」か「過去一年半余り」かというところで筆を置いた。時系列で整理しようと云いながら、「過去一年余り」と「過去一年半余り」が曖昧では話にならないからだ。しかしここは一日置いて眺めてもちょっと答えが出そうにない。ただ鎌倉の海水浴は須永市蔵が大学三年の期末、四年になる前の夏休みの出来事であり、翌年の夏には須永は見事に高等遊民になり、さらにその半年後、9、10、11、12、1、2、と来て梅の季節、その話を田川敬太郎に話していると読むよりほかはない。
兎に角須永市蔵と母は田口家の鎌倉への避暑に参加する。そして須永市蔵は高木に嫉妬する自分に堪えられなくなり、一人で東京に戻る。作に安慰を得る。ゲダンケの本を読む。「僕はこの二日間に娶るつもりのない女に釣られそうになった」と言いながら、千代子の見ている前で、高木の脳天に重い文鎮を骨の底まで打ち込んだ夢を、大きな眼を開きながら見る。母が千代子に連れられて鎌倉から戻ってくる。
この時点で高木の脳天に重い文鎮を骨の底まで打ち込んだ夢を、大きな眼を開きながら見ておきながら、この会話は妙にケロリとしている。それは何も考えない作に安慰を得られたおかげだろう。母親の前で千代子に甘えている。そしてぼんやりと女としての作が現れる。
細かい。細かすぎる。これではまるで須永市蔵を巡って作が千代子に嫉妬しているかのようではなかろうか。こうまでして「対」を拵えなくても良いように思うが、そういえば須永市蔵は作にこんなことを言っていた。
こう言われて作は須永市蔵を主人ではなく男として意識したという仕掛けだろう。後に須永市蔵の出生の秘密が明かされると、ここでまた父親と御弓との関係が「対」になる。高木と千代子と市蔵、母と父と御弓、いささか「対」がやかましい。
市蔵は千代子から高木のことを聞きたかったが千代子は話さない。千代子は島田に結う。鎌倉に帰る千代子に「なぜ愛してもいず、細君にもしようと思っていないあたしに対して……なぜ嫉妬なさるんです」と詰られる。
ここで「須永の話」は終わる。田川敬太郎に対して随分とあけすけな話がなされたものだ。田川敬太郎は作のぼんやりとした嫉妬のようなものをどう理解しただろうか。あるいは「階級制度の厳重な封建の代に生れたように、卑しい召使の位置を生涯の分と心得ているこの作」といった須永市蔵の若旦那らしい見立てをどう思うのか。ギリギリ時代の上澄みにいた田川敬太郎にとってもやはり「階級制度の厳重な封建の代に生れたように、卑しい召使の位置を生涯の分と心得ているこの作」と見えるだろうか。
この「階級制度の厳重な封建の代に生れたように、卑しい召使の位置を生涯の分と心得ているこの作」に微かに芽生えた嫉妬心は、その一年後、あるいは二年後、養母と市蔵の床しい引きこもり生活に、ほのかな色彩を与える可能性を秘めてはいまいか。
作は当時十九歳、まだ老婢ではない。
[余談]
コスプレの歴史は深い。
なんでそれ読む?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?